スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

NHK 英雄たちの選択 夢の植物図鑑 牧野富太郎

94歳まで生きて、幸せだったのか、不幸せだったのか、さあ知らんが自分で自分のような人間は、後にも先にも不出であろうとまで言い切った植物を愛する人、スタジオの人々はオタクだと言っていたが

そうなのか。皆がデレデレと何やら飲み会のような感じになっていた。何なんじゃいこの番組、いつもと雰囲気違うだろ!

小学校は2年で退学し、後は自分で本を読み読み独学的なスタイルでたどり着くしかなかった道であった。日本にはまだ植物分類学などない時代であった。外国に大きく遅れをとっていることに気づいた牧野や、東大の教授らは必死に研究を続けるしかなかった。

バイカモという水中植物は食虫植物であるが、花については世界の誰も知らないのだった。

其れを、解明というか、発見して世界に発信した牧野は突然に有名人になる。

妬みは怖く危害が大きいものらしい。突然に東大から破門され、出入りを禁止される。牧野を認めてくれたロシアの学者リネンに手紙を書いてロシアで研究をしたい旨を伝えたが、学者は流行のインフルエンザで亡くなっていた。スペイン風邪か。

彼は好きで入った道だ。栄誉のためではないだろう。いやためであったかもしれぬが、植物に対して、やむにやまない情熱をずっと持ち続けていた。日本中を駆け回り、植物を収集していった。その数40万点の押し花等の標本。書籍も負けずに多い。図書館のような有様だ。お陰で図書館に行く必要はなかった彼。

これらが家族の生活を圧迫せずにはいなかっただろう。多くの子供を抱えた妻はいつも借金取りに苦労する。彼の美しい標本を、外国に売れば、高く売れて借金も返せるのだと気がついたものの

しなかった。

彼の膨大な標本や、書籍などは、東京都立大学に保管されてあるそうだ。牧野博物館としても成り立っている。過去の標本の遺伝子などが、現在の気候変動との比較に役立つ可能性を秘めていると。

 

彼にはありふれたそこいらの草花も研究の的であった。例えば、笹など何処にでもあるものだ。

散歩道に入ると笹は同じようなものがあちこちに生えている。憎たらしい程だ。

(クマザサならばやくそうであるが)この限り無く平凡そうな笹の中に新種の笹を発見した牧野だった。

嬉しくて、苦労をかけた妻スエコに因んでスエコ笹と名づけた。見た目は、普通の笹に見えるのだが。

 

 

坊ちゃん育ちで、好きな本はなんでも買ってもらえた彼であった。顕微鏡などは、ほぼ家1軒分ほどもの金額で購入した。大変な浪費とも言えるこの有様に、実家の酒屋は応えてくれていたが、時代のせいか、酒屋は傾き、主を失った家のようになってゆくのだった。牧野はとっくに家を捨てたのだから、悪い主であったと思う。彼は幼い時、母も亡くしていたし、父の顔も知らないようだった。

彼は生まれつき天涯孤独のような境遇ともいえるだろう。それに免じて許してやって欲しい。

家を失ったことは大きな痛手ではあったろうが、狂人というか天才というか、紙一重の普通ではない彼であったから、執着などなかったのかも知れない。ただわたしなら家は捨てられない。でも死ぬ時は家はあの世に持ってゆけないだろうね。嗚呼、サツキの小さなピンクの花一輪だけでよいだろう!

なぜか人間を捕らえて離さぬ緑色した植物たちである。