オーヴェというおじいさんの話。長年、車の会社に勤めていたが、ある日突然リストラされてしまう。
映画では59才という設定なので、まだまだこれからという気も本人も持っていた。
次の日からおじいさんはすることがなくなって仕方なく自分の住んでいる家の周りをパトロールするのだった。彼の住んでいる住宅は整然とした同じような家が連なるいわゆる定形的な居住地区であった。何の変哲もなく樹々もほぼ無く、ただ住むためだけのとてもシンプルな家。ここが彼の住処であった。ここの地区の道の中には外部から車が入らないようにと柵がされていたにもかかわらず、時々見ず知らずの者たちが車を乗り上げて中に入ってくるのだった。その時にはオーヴェはいつも大きく手を振りながら駄目だ駄目だここは入って来てはならない。あの看板が見えないのか、などと言ってけしからん奴らを外に出すのであった。彼はきちんと規則を守り整理整頓をし秩序だったことが好きであった。
じいさんは、じいさんといってもまだ若い現役に見える年齢であった。
だからもっと働きたかったのに辞めさせられてしまったのだ。父もこの会社で働いていたので、会社への思いも人一倍強かった。
その後彼は人生に対して何かしらの希望が見えなくなった。何もかもふさがってしまったような世界であった。若い時に結婚した妻もあの世へ旅立った。両親と言えば幼い時に母親は亡くなり父親は会社の事故で亡くなった。子供もいなかった。彼はたった1人でどうすれば良いのであろうか。
彼はついに死ぬことを思いついた。妻の元へ行こう、そうだそれが一番いいだろうと考えた。毎日バラの花束を持って墓を訪れるのが習慣の彼であった。
それでロープを買って死ぬことを考えた。
だが何をしても失敗してしまう。いつもチャイムがなったり外から呼ばれたり窓から顔出されたりあらゆることをされるのだった。
若き日の彼は、真面目で素敵な青年だった。妻は不慮の事故で流産してしまう。夫婦で不運を乗り越えて来た。若い日のことが思い出された。辛い事もあったが、妻との思い出は何よりの幸いだった。
そのうち病気の猫を拾って育てたり、隣のペルシア人たちの世話をしたりと
忙しく過ごすのだった。だが、やはり虚しく時は過ぎ、彼にはやはり墓の下で待っている妻のところに行くのが最良の選択だと考えていた。
その間にもいろいろな人を助けていく彼であった。彼にはやはり経験があり、それゆえに人々の助けになることをたくさん知っていた。
死にたがっていた彼だがある日突然心臓麻痺が襲い倒れてしまう。なぜこんな形で死が訪れたのか。
葬式に訪れたのは、彼の近所の人々であった。彼らは何かしら皆オーヴェに助けられた事があり、彼との善意の信頼が絆となっていた。
その温かい眼差し温かい言葉それらが彼らを生へと勇気づけるのであった。
親族はいなかったが、友人ばかりの良い葬儀であった。
この初老の俳優は素晴らしくスウェーデンでは賞をもらったそうだ。それに値するだけの穏やかな人格である。人間性の良さが滲み出る演技だ。日本にはあのような俳優は、いまだかつて存在しなかったと思う。日本人は人格も、演技も劣っている。さーせんさーせん。
私事であるが、あるものを探していてどうしてもなかった時、この暖かい映画を見た後でそれが出てきた。私は、それがなんとなくこの映画とあのおじさんの俳優とが、助けてくれたように感じた。
ありがたやありがたや。