一人暮らしのジイさんは、さあ、八十ぐらいかなあ、でもまだ歩けるんだよ。これは強いわ。
自分で動けるうちは、万能の神と同じだものね。スッポコも動けなくなる日が怖いのだ。
動けなければどんなに楽しい趣味があっても何も出来いのだろうから。人の支えがなければね。
爺さんの子供たちもおいたおやのことをおもい、思案に暮れていた。
施設に入れてしまうのは、はばかられた。西洋ではそう言う事が罪であると見なされる風潮があるらしい。
息子はついに、ヘルパーロボットを、送り込んできた。日本の、アシモような愛らしいロボットである。家事もガーデニングもなんでもじょうずにこなすのであった。
まるで人間だ。 しかもソフィストケートされた良い男って感じだ。
じいさんは、近くの図書館に通うのが日課であった。
そこには、美人の司書がいて親切にしてくれるのだった。
ところがこのじいさんは、実は昔は大泥棒でムショに10年以上入っていた人物である。しかも脳の病気でなぜか過去のことを忘れて空白の時間を持っていった。そして、図書館の司書(スーザンサランドン)が実は奥さんであったことをすっかり忘れているのだった。この役に貫禄のサランドンを持ってきて、成功であった。落ち着きのある女司書で、じいさんが、自分のことを忘れている事をも、受け入れていた。だが、何かと親切に声をかけ目をかけてくれていた。自分が妻だったとは言わずにだ。
ある日、図書館の本がすべて、デジタル化されることになった。そしてじいさんは、紙の本を知っている証人であると言われ馬鹿にされる。その悪口を言った若造の家に、高価な宝石類がある事を知ったじいさんは、昔の癖が出て、宝石を盗んでやろうと目論むのであった。生意気な若造をギャフンといわせてやるために。
その相棒として、ヘルパーのロボットが選ばれた。ロボットは最初は嫌がっていたが、だんだんと
じいさんの言う通りに動くようになった。じいさんが生き生きとしているのを見て、じいさんに協力しようと判断したのだ。
そして2人はついにたくさんの宝石を盗み出すことに成功した。
ところが、警察がじいさんのことを嗅ぎつけて、じいさんの家にやってきた。じいさんは慌てて宝石を
隠してしまう。
息子と娘もやってきて父親のことを悩ましく思うのだった。思えばこの父親はほとんど家にいなかった。
お父さんのいない家庭でお母さんと生きてきたのだった。寂しかった子供時代を送り心に傷を持っていたのだった。しかし今は年老いた父を許していた。泥棒だったことも知っていた。しかしそれも許していた。じいさんは脳の病気で妻を忘れていた。妻のことを全く覚えていなかった。そのようになった父親を責める事はできなかった。爺さんも苦しかったのだろうというわけだ。
じいさんは、子供らに散々心配をかけて、とうとう、逃げ延びて、老人ホームに入ることになった。警察はロボットのメモリを見ればじいさんの泥棒の証拠があるはずだと考えたがロボットは自分のメモリを消すようにとじいさんに頼むのだった。そうすればじいさんは警察に捕まらないと判断したのだ。しかしメモリを消すことは、じいさんとの関係を消してしまうことになるので、じいさんは消すことを
ためった。しかし背に腹はかえられぬとあって、メモリを消してロボットと別れたのだった。
それはとても寂しく苦渋の判断となった。なぜならロボットとは、本当の人間のような友達になっていたからだ。なんでも話し、どろぼうまでしたのだ。立派な相棒と呼べた。
その後、珍しいことには家族が集まった。
老人ホームは、ちょっと綺麗な場所にあった。身体の健康も良くないじいさんは、家族のいう事を聞いて ホームでの暮らしを選んだ。彼は老人ホームで友人のようだったロボットヘルパーの事を、時々懐かしく思い出すのであった。