よく知られたノアの方舟に主題を取った作品で、他のものに比べて特に読み易い。2巻の中には、芥川賞を取った「壁」という作品等があり、中々に読めれない難物が多い中、ノアは、童話のような感じで、宮沢賢治を彷彿の作品に似た感じもあった。
奇しくもイエスの方舟という事件もあり、ゾッとするのだが、作品は事件の30年も前に書かれているので、無関係だろう。
イエスでは一人のおっさんが多くの富裕層の家の娘を集めており、大問題になったが、自分からついていったのであるという娘らの証言により、誘拐という罪には当たらないとされ、有耶無耶になった事件だった。
親から言わせたら、誘拐そのものに思えるのだが。胸くそ悪い事件である。
ノア先生というデブの中年男が、ムラを取り仕切り、独裁制を敷いていた。無理矢理なやり方は、どこかの独裁制の国に似通っており、容易に察しがつき、村人の苦しみが理解できるのである。
ノア先生は、各家をまわっては葡萄酒をゴクゴク飲み葡萄酒がないと怒って死刑にしてしまうくらいの横暴の限りを尽くす。家族を殺された主人公の男は、この村を死ぬ覚悟で出国し、やがて、再び村に帰ってくる。
主人公は、ノア先生が阿呆のように座っているのを見つける。村の様子も変わっていた。人々はどこに行ってしまったのか。
独裁制の醜さを脂ぎったノア先生を通して描いた作品である。
公房の文章は、人懐っこくて、読み易いのだが、知らないうちにおかしな方向へ連れていかれ、後戻りできない気がして、迷子の子供のような状態になる。要注意だ。壁にしたって、読めなくはないが、結構話が飛ぶんでついて行けなくなった。彼が言いたかったことは、やはり存在の不条理ということだろうか。不条理というのはなぜかカッコよく聞こえる呪いのワードでもある。
彼の個人的生活をあれこれ言うのはタブーであるだろうが、頭脳明晰な彼の人生も他の人と同じく波瀾万丈であり、だからと言って特別に責める気にもならないのは彼の品の良さとでも言うべきか。