少女ベアトリーチェは、夕暮れになると、多くの乞食が寺院の門に群れ、施しを待つことを知っていたー彼女自らお金を一枚づつ彼らに恵んでいた。皆が彼女の慈悲にすがろうとじっと彼女を待つのだった。みんな顔見知りの面々であった。
時代は、メジチ家のイチオシのフローレンス ド メジチがまだ若く支配者にもなっていなかった頃であった。時勢は、今日ある者も明日はなし、のようなキワキワの緊張のある時代であった。であるから沢山の人が群れを成して生きれるうちに生きようと集まることも多く、その時代の絵画にも其れは反映されているという。
さて、かの少女をめぐって、若者らが言い争っていた。
バラという若者は、あの少女を自分に跪かせてみせると豪語したー皆がそれは無駄なことだと言いあったが、バラは聞かなかった!
気位の高い娘、それに女は皆二つの舌を持っているのだと、からかい諌めた。
在り日の夕暮れ時、ボロを着た乞食が門の隅っこに影のように立ち尽くしていた。
ベアトリーチェは、知らないコジキだとすぐに気づいて行こうか行くまいかと迷い続けた。
全てのコジキが彼女の施しを受けて帰っていった後、やはりあの一人の見知らぬコジキは、残って門のそばで立っていた。彼女は堪らずに財布を持ってぼろ布を纏った彼の元へ駆けつけたー召使らも驚く行動でもあった。男は彼女の行動に驚いた風でもあった。突然少女は、乞食の足元のぼろ布の前に跪き、ま深いフードで男の顔は全く見えなかったが、
どうかこの財布のお金を受け取ってほしいと、懇願したのだった。何故の所作であったのか。
彼女の弁論は出まかせではあったにしろ、何故か当たっていたのか?
男も震え、女も震えていた。侍女は呆気に取られたまま。
金子の刺繍の財布を男に無理やりに握らせて走り去った少女。ただ、彼女もたぶん彼「バラ」を好きだったのかも知れぬ。
彼のぼろ着の裾元に跪き、お願いですと言った彼女だった。
その後であるが、バラはそのこじきの扮装のぼろ着をずっと着たままになり、ほぼ一生を過ごした。彼は街を去り、放浪の旅に出てふたたび家に帰らなかった…。
この話は貧民協会の事務長さんに話したのだが、また鼻で笑われてしまった。
「そんな大昔の話はね、それに、その青年は元々放浪癖のあった不良、奇人だったのではありませんか?家を出るための機会を狙っていただけですよ。」
リルケ曰く、「そうでしょうか、ただその男の名が、時折カトリック教会の大連祈のおりに時々名が読み上げられるのです、何しろ聖人になったのですからね。」
このお話は美しすぎるようだ。なんか、この奇人変人の聖人に、涙が出てくる物語である。
神に結ばれた強い愛。だが、青春の儚すぎる恋。うっすらと夕暮れの霞のようなピンク色を残しながら…。
「考えてみれば、リルケは小説家でもあり、彼の作品に出てくる事務局長さんや、エヴァルトという脚の悪い自力では動けない男性とか
またアレコレの人々はまず、リルケ自身の分身であるのだとわかるんだ。」