スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

脂肪の塊  1880年  モーパッサン作

脂肪の塊とは何と皮肉なネーミングであろうか。これははある売春婦に付けられたニックネームである。

色白で、よく肥え太り、ポチャポチャしている、そして、大きな瞳に長い睫毛が影を落とす。彼女は高級娼婦であった。仕事は仕事と割り切っていたしプライドがあった。

彼女の手の指は、まるでウィンなソーセージを繋いだようにぷくぷくしていて、人形のようでもあった。胸ももちろん豊満で女性としての美しさを持ち、脂肪の塊と言うあだ名が、まんざらでもなかった。

凡ゆる美を備えたために高級娼婦として活躍していた彼女。

ドイツプロイセンがフランスにやって来て、あちこちで略奪や狼藉で悪名を立てながら、ここルーアンの街にもやって来た。ルーアンの住人の伯爵、貴族、ワインの商人など、大有名人達夫婦がが乗合馬車に乗って来た。尼さんもいた。ルアーブルまで逃げ延びる計画であった。ルアーブルまでいけば、とにかく他国にも逃げ延びることができるからだ。

そういう中で娼婦の彼女は、どこか浮いた存在であった。

 

宿に着いた時、ドイツの指揮官が、この娼婦を呼んで、相手をするように促した。この娼婦ブールドシェイフとは、脂肪の塊と言う意味だった。

プロイセンが嫌いで、愛国心に満ちたこの変わった娼婦は、どうしても首を縦にふらない。乗客達は兎に角、彼女がドイツ兵に身を任せれば皆が助かると言うわけで、必死に説得していく。しかしやはりイヤだと言う「脂肪の塊」であった。

なかなかキモの座った女だった。皆が残念がってガッカリしていた。この宿を出発できるか否かは、全て彼女の出方にかかっていたからだ。

夜、とうとう、脂肪の塊は士官のところに行き士官のものになった。この屈辱、この堕落、自分で自分が許せないブールドシェイフ。

お陰で、馬車は、宿を出発できた。助かったのだった。

だが今まで、彼女をチヤホヤしていた貴族達は急に冷たい態度に変わり彼女に見向きもせず、美味しそうな弁当をもぐもぐ食べるのだった。

無念さで涙を堪える彼女だったが、とうとう涙がポロポロと流れ出すのだった。フランス国家の唄、自由の尊さを歌った「ラ マルセイエーズ」

を歌い出したのは、一人の貴族ではない男であった。