小栗主演だったから、もっともっと危険な、鋭さのある映画かと思ったのだが、意に反して、少し大人しい映画であった。
「ヴィヨンの妻」や「斜陽」が、大ヒットして、一躍文学会に名を連ねたものの、なかなかに芥川賞が貰えなかった。
特に斜陽では、本は飛ぶように売れて、斜陽族というのが流行った。文学の仲間と宴会をしていると、突然三島由紀夫が現れて、君は文学を愚弄しているとかと言い出した。自分の生死を売りもののした文学のくせに!これには苦笑した。堕落論で、一世風靡した坂口安吾、この人は、友人らしかったが、家庭なんか持つな。太宰よ、最っと、堕落しろ、そして地獄で文学をかけ、などとそそのかす。
芥川賞の選者である志賀直哉は、なかなかの石頭らしく、どうしても、太宰を認めないのだった。惜しいことをしたもんだなあ。
悪戦苦闘しているうちに、結核も悪化の一途を辿り何度も血を吐くようになる。それでも、そんな太宰を見捨てられず、この大人気作家の取り巻きになって、恋い焦がれる女性が数人いた。取っ替え引っ替え、女と関係を持ちながら、生きて行く終末人生。
結局、結核は死の病だ。彼は死をはっきりと意識していたはずだ。スッポコの家系も、結核で、一気に五人以上がいや、合わせて10人以上も祖父以下叔父叔母従姉妹党が亡くなっている。戦後に、ストレプトマイシン抗生物質がアメリカから来るまでは。
また、監督は、太宰の子供たちの長男として、4歳ぐらいのダウン症の子供を出演させていた。事実に基づくものだそうだ。太宰は親としても苦しみ、そんな中で、書いていたと、いうわけか。暗澹たる気持ちである。ダウン症の人にも、優れた能力があり、通常の子供たちと変わらない人たちもいるものだ。
それはそうだが、作品を生み出す苦悩とかは、映画にはない。はい、太宰の文学、最後の作品、「人間失格」を読みなさい、ということだろう。青森県の金持ちの家の息子、 津島修治というのが太宰の本名である。たれか、故郷を思わざる。