ヒデのことをよく知らない私だが、かれは、Dの文字をよくつかっている。devil,demon,death などにもDが付いている。
彼は、Dを愛したのか。ドアが開く、ドアが閉まる。その隙間から、何かが見えた。
紫の光か何か。彼はドアの犠牲になって亡くなった。それは、何を意味したのか、とおもう。
ドアとは、新しい世界と過去との橋渡しの境目であろう。
彼の天才は、民衆を癒した。彼のパーフォーマンスは飛び抜けていた。
ところが、X ジャパンとの軋轢もあったかもしれない。hideの独自の音楽性は、Xとは少しちがっていた。彼はXを越えようと少し躍起になっていたのかもしれない。
Xジャパンの「紅」という歌を今回、初めて,きいたところである。
全く興味の無いグループであったので、今まで聞いたこともなかった。
「紅」の歌詞はなかなか良かったと思った。トシの歌声にファンの人たちが、キャアキャア行って応援するのも、盛り上がりとしては良かった。
本当は、hideの歌の方が、彼らを越していたと思うのは、本当のことである。
だが、Xの持つファンの層が大きすぎた。ファンは、なぜでも、yosiki や toshi のいるXの方に向いてしまうのだった。
ファンは、なぜだか、hideの、素晴らしさに、今ひとつ気付こうとはしなかった、というわけだ。
だが、世の中というのは表面的に見て、そういうことが多く、満ち満ちているものだ。
彼の歌の歌詞はブレない言葉でがっちりと固められている。その辺のチャラい歌詞ではないよ。
歌声も選択された唯一無二のように聞こえてくる。
私は彼の口に注目した。日本人離れした口元は、何か猫の口のように、獲物をむさぼるネコ科の動物のように動いている。
いつも、濡れて滑りと光っているのだ。
英語を喋るからなのか、歌手の口の筋肉が発達したせいなのか。
あの様な口を持ったものは、歌わずにはいられまい。歌うことが彼の生きることとイコールであったのだろう。
不可解な作家などのように、彼の研究がなされても不思議はないだろう。
彼の天才を解き明かすことは、おせっかいな事かもしれぬが。
命がかかっていたのかもしれない。密かな悩みがあったのかもしれぬ。
それほどに、緊迫していたのか、脳みそが、ギブアップしたのか。
分からぬことは闇に葬る。彼の真実は誰も知らない。明かされない。明かしてはならない、というのが、本当かもしれぬが。
知らないままでいいのだろう。それが、彼の答えだと思う。
diceもいいが、早口で歌いにくくできている。
doutは、音がすごいので気に入っている。わたしにはどちらも歌えるはずがなかった。
皆が心の中で感じている憤懣を投げ出したような歌いかたに、、我々の代弁者の姿を見るような気になる。
目の前にある全てのものが化物にみえる
揺るぎ無い時間の重さと
過去の亡霊に追われる
腐り散りゆくまま 押し流されて 飲み込まれてゆく
意識のパイプは立たれたままで
十字を切れ
こんな詩であるが、チャラそうに見えて、チャラくないところに大きな魅力が潜んでいるのだ。