青森の津軽の街は、青森の中心から、日本海寄りの街である。弘前駅から降りて、さらに、北西へ行くのである。
そんな遠くから東京に出て来て働く大森陽一は、ちゃんと就職するでもなくバルーン作家、プレイヤーとしてイベントからイベントへ出て暮らす日々であった。
郷里では、代々続く食堂が彼の実家であった。
昔、ひいじいさんが苦労して店を開いた。そこの蕎麦は美味いと評判になり、秘伝の出汁が売りであった。誰にも教えられない企業秘密の出汁であった。
父が事故で入院し、更に、おばあちゃんが亡くなってしまう。
郷里に帰って来た彼は、なにも変わっていない食堂の様子に驚く。蕎麦の打ち方が違うから、コシも違ってくる。「こんなんじゃあ、店に だせねえな」と言う父。
「たかがこれっぽっちの食堂じゃないか」と言う息子。
「なんだと、もう一度言ってみろ!!」激おこの父はこぶしを震わせて奥に入っていった。
これっぽっちの店が、実は一番大切なんだと、思っている父親であった。
心を込めて蕎麦を打つ。丼を作る。その繰り返しが、たるんでいては出来ないのであるから。
一号店は倉庫になっていて、ひいおじいさんが引いていた蕎麦の屋台が入れてあった。
それを引っ張り出して、桜祭りの広場へ持って言った。自分で打ったそばと、自分で煮た出汁とで、
何百食も売れたのだった。
おかげで蕎麦は完売。
入院中の父もその朗報に、本心では喜んでいたが、まだ説教をするのだった。
食堂を継ぐ意志もないまま実家にいたが、小さい時からここでそば打ちを手伝って来た彼にとって、
やはり、体にピンとくるものがあった。
蕎麦屋といっても、カレーも、丼もある 、ありきたりの食堂であった。見た目も冴えない見落としてしまいそうな食堂であったが、その気取らない貧相な佇まいが 実は、人気の秘密であったのやもしれない。
だが、百年続いた歴史には、やはりそれだけのものがあった。津軽の人々の暮らしがそこにはあった。
ついに、父との確執を乗り越えて、この食堂を継ぐと決めて、この映画も終わりになる。
オリエンタルラジオの二人が、それぞれ、曾祖父さんと、4代目の息子とを とても自然に演じているのがいいかも。