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スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

魯山人 うつわの心 (黒田 和哉 著)

魯山人について、あまりくわしくないのだが、少しだけ興味があって本をめくってみた。彼については、いろいろもう出尽くしているであろう。グルメ、食通 、ホシノオカ茶樓、など。

絵画、書、焼き物、骨董など多肢にわたりエネルギッシュに動き続けた彼。書においては、岡本太郎の祖父に師事した。岡本家は芸術家タイプの家系だったということも分かる。エネルギッシュ過ぎて私にはついていけない気もする。人間いつも動いていることは、汚れが付く。わたしは尊敬の前に、なにか、芸術のヨゴレというかアカというか、そんなものを彼から感じてしまう。そういうわけで、長いこと、ふれずにいたのだ。かれは織部焼などを愛し、みずからたくさんのうつわをつくった。それで、
人間国宝に推薦された時、辞退した。自由に事をやりたかったため窮屈な箱に入れられたくなかったとのこと。まあ凄い奴ということだ。
彼の作った料理屋は文化人などに絶賛されて、いつもにぎわっていたが常にmore and better を望む彼は骨董とか買いすぎて、オーナーからクビにされてしまった。もっともっと良いものをと、のぞむあまりの行き過ぎた行動は、私自身が身を持って反省すべき点でもあるが。
私のうちに4センチ四方の緑のうつわが5客あって織部焼だと思う。本を読んで、さらに確信した。醤油を注ぐ小さな皿で、いつも刺身の隣で、働いていたうつわだ。残念ながら、もうなくなってしまい残っていないが、やったー!、という感じだ。織部焼はエメラルド色で、美しい。
彼の生活のことは、ほとんどわたしは知らないのだがけっこう謎だと思う。料理は、家のお勝手で作ったようなものを出すのが、粋だとおもっていたようだ。いや、ほんとうに、そのとおりであろう。豪華な人工的なものではなく、例えば土筆の御浸しとかを愛したであろう。
彼は日本の自然をその風景をこよなく愛しそこに自分の芸術の主題を探し求めたのではないのか。
もう130年前にkyoutoに生まれたのだが、もうそんなに時が、過ぎ去ったのかと思うと、虚しく悲しい気分になってしまう。彼の作品は実際に現代の陶芸の基礎となり、彼を模倣したようなおなじような花器や皿が多数つくられたとおもう。その功績は大きいだろう。
彼は断るのが好きらしくて、ロックフェラー財団の援助も、ことわったということだ。自然に忠実にと言っても所詮人間には、その全てを捉えることは不可能だ。彼も多分そのことに気付いていたことだろう。
 
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魯山人 うつわの心

魯山人 うつわの心