スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

じゃこ万と鉄 深作欣二監督 1964年

じゃこ万(丹波哲郎)は強い男で、北海道のニシン漁の親方だったが、鉄(高倉健)の父親に、船を盗まれてから、ますます呑んだくれて、鉄の父親に復習するために、ニシン小屋に乗り込んで来た。

そこに丁度、戦争から帰って来た鉄と会い、二人は睨み合った。

いつも暴れるじゃこ万に皆が困っていたが、鉄は勇気を持っていつもじゃこ万を抑え込むのだった。

 

ある日大きなニシンの群れが来て、ヤン州たちは大騒ぎで船を出し、網を張り、たくさんのニシンを取る。

北の男の生きる糧であった。

鉄も負けじと、ニシンを取った。男の仕事である。まるで演歌どおりである。

 

じゃこ万は酒ばかり飲んでスネていたが、ついに大きなニシンの群れが来て、皆で海に出てとったのだが、鉄と争いになり、斧を鉄にふりあげるジャコ万であった。

 だが、ついに、斧を海に投げ捨てて、皆と一緒に漁に向かうのだった。

 

北の海に生きる男たちの強い生き様と、高倉健の若い頃の生き生きした演技がおもしろい。

 

 

ジャコ萬と鉄 [DVD]

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Destiny かまくらものがたり 山崎 貴監督 2017年

堺雅人高畑充希の共演になる。   高畑は苦手なこの私であるが 仕方ないので彼女は無視して見ることに。どうせ臭い演技で良い子ぶりっっこするんだろうとみていた。

監督は、早くもこの臭い演技に、焦点を合わせてきていたからすごい。彼女の癖を逆手にとってうまく生かしたのだった。

お陰で、ほんわかとした家庭的な愛のストーリーとなっていた。

 

堺はかまくら在住の作家であった。そこお嫁にきた高畑は、慣れないながらも嫁稼業に専念して、家事に勤しんでいた。

もっと甘えてデレデレしたら良いのに、そういういやらしいことは一切しないのが高畑琉である。

 

そのうち魔界の悪い、悪鬼に捕らえられて、冥界の黄泉の国へ旅立ってしまう。ザマアミロと思うわて。

それを追って堺も黄泉の国へといく。

そこは結構美しく、深い谷や山や、滝があるのだった。

悪鬼の嫁にされそうになっている高畑を救うべく、堺は必死であった。

もともと、妻を救うために、死を覚悟して黄泉の国へ来たのであったのだし。

 

強い夫婦愛に結ばれた二人は、難関をくぐって、鬼から逃げて行く。

昔、高畑が親切にした貧乏神の助けのおかげで、冥土から大脱出する。

デメタシ、デメタシ!

という様な内容だったかなあ。

 

出色は、今をとときめく安藤サクラが死神になって出てくるとこかな。黒いスーツに銀髪がかっこいいのが見ものであるわ。ふん、そんなとこですかね。

 

鎌倉ってそんな冥土と近しい土地柄なんですかねえ。昔から文学者や、多くの文化人が集まるところだとは聞いていましたが、いにしえの鎌倉幕府のあったところであるし、江ノ島はあるし、大仏もあるし、鳩サブレは甘いしねえ。やはり独特の雰囲気があって人を呼び寄せるんでしょうなあ。

destinyをdisney と間違えて「やったディズニーだ!」と叫び、家族にdestiny だろと笑われた夜。

 

 

DESTINY 鎌倉ものがたり

DESTINY 鎌倉ものがたり

 

 

 

 

 

サムライ アランドロン 主演 J.P. メルヴィル監督 1967年

プロの殺し屋であるドロンは、一人、冷たいアパートに住んでいる。連れは小鳥の奴だけ。

殺しの依頼を受けると、標的を殺しに行く。大抵それは成功する。

ある日、大物のボスの様な男を殺した後、顔を数人に見られて、警察に追われるようになる。

彼は恋人のコールガールの売春婦に、、アリバイを頼み込むがうまくいかない。

このコールガールをナタリードロンが初めての役で、アランドロンと共演した。

 

事件はどんどん大きくなって、警察は、多くの動員をもって、パリの駅や道に、たくさん警察官を網の目の様に配置する。

だが、賢いドロンは、それをくぐり抜けて逃げてしまう。

彼はどこに消えたのか。警察は失敗した。

その後ドロンは仕事を頼まれて、殺人を目撃した酒場クラブのピアニストの女を殺すことになった。

なぜ彼女を殺すのか、意味不明であった。

そこに行って、お前を殺すぞと接近。ピストルを出して殺そうとした瞬間。

 

警察が見張っていて一斉にドロンを射撃した。

あっという間に床に転げるドロン。息は絶えていた。

 

哀しいかな、ドロンの持ったピストルには、弾が一つも込められていなかった。

初めから殺す気もなく、ただ、全てを観念して、警察に投降し、散っていったのだ。

この散り際の良さと、女を撃たなかったという美学が、すごいと思う。

 

ドロンに殺しを頼むボスとかの事が意味不明で理解できないままであったが、無視して見ていた。

 

 

すくっと立ったドロンの均整のとれた姿は、中肉中背の理想的なものだ。

いや少しやせすぎかもしれないが、いい男というべきかはスッポコには分からない。

それほどセクシーではないからだ。彼は俳優といっても職人芸でもないし、批評するに、難しい人なのだ。

コート姿に痺れた、という人が多いが、ワテにはピンとこなかった。ユニクロのコマーシャルでもあるまいに。

世界のドロンという俳優はもっともっとかっこよいものだとおもっていた。

 

だから、おそらく、ドロンは、映画の中でより、現実の生活の中での方がより輝いて見えるタイプではないかと思っている。

 

 

サムライ(字幕版)

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カフカ童話集 須田諭一 (ゆいち) 編集 2015年

カフカの童話の中で、「オドラデク」と言うのが出てくる。スラブ語ではないかとも言われている。

これは、「お父さんの心配」という短い話に出てくる奇妙なあるものである。

オドラデクとは何か?

糸が巻いてある木の様なものだそうだが ツノが二本ぐらいある、ヒトデの様なかたちをしている。形容しにくい変な形をしている。勝手に動きもするがいつも家に帰ってくる。

 

とにかく、オドラデクのことをなんであるのか誰も知る人はいない。

何に使うものなのか、なんの役に立つのかなど、いくつもの疑問があるのだが、結局わからないままなのだ。

わては、この話が気に入っている。

 

お父さんは自分が死んだ後、このオドラデクがどうなってしまうのか、ふと心配になるのだった。

子供や孫ががこいつをどんなふうに扱うのかと考えてしまうお父さんであった。

 

カフカには、夢と現実がごっちゃになった様な話が、当たり前であり、出てくる動物なども、珍種が多いのが当たり前だそうだ。

 

どれもそれぞれ、面白いのだが、「一枚の古文書」では、匈奴というモンゴルに住む野蛮な者たちが、

私たちの国に攻めてきたという話である。

 

自由を奪う政治、権力、この様なものに対するカフカの怒りがすっぽこにもわかる。カフカは本当は気の弱い内気な性格だったという。そんな彼でさえも、自由を脅かすものには激しい怒りを燃やしたのだった。彼はユダヤ人であったが、それ以前に、彼は彼であった。

   

この本には、変身も含まれていて、再読したが、やはり奇妙な作品であることに変わりはなかった。

大きな不気味な虫になった人間。つまり、邪魔な役に立たないものは排除しようとする社会かつ家庭。お金の問題でしょうか。そんな世の中だからね。

 

とても哀しい物語で、社会風刺とも言える。それもとても哀しいものだ。

現代の引きこもりを予見している様で、先見の明があり、意味深いと考えた。

 

カフカ童話集: 子どもの想像力を豊かにする

カフカ童話集: 子どもの想像力を豊かにする