スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

ラスト デイズ オブ ザ ワールド トリフィドの日 ニック コパス監督 2009 年

食肉植物が、地球を、襲う映画である。

人類は、石油に固執し、とうとう、石油も底をついてくる。石油の代用品として、トリフィドが、石油の代わりになるとわかって、世界中で、このトリフィドという植物を、厳重に育成することになった。

厳重になセキュリティのもとに、飼育すると言うのは、これが、肉食植物であったからだ。

外に出した途端に、凶暴な植物として、人間を襲うからだった。

とても危険な植物を檻の中で飼育して、

人間が、自分たちの欲望のために、植物を奴隷のように扱う。

これが、長く続き、植物は、ますます虐げられていった。

 

ある日、そんな植物が、外に出てしまう。

仲間を呼んで、増殖し、どんどん増える。

人間は食べられ、追い詰められてゆく。

 

太陽も変則的に動き出し、巨大な光を地球に送る。そのため、人間は目をやられ、視力を失っていく。

少人数の人間だけが、残され、この肉食植物と戦ってゆく。

 

植物、これは、人間にとって未知の生命体でもあるのだ。

バイオが進んだ現代、でも未来のことはやはり本当はわからないこともあるのではないか。

植物にも気持ちが存在しているのではないか。

植物を人間の手で、勝手に作ったり殺したり、やばいんじゃないの?

主人公たちは、未開人の呪術のようなもので助かると言う顛末。

 

って、これ、まじスッポコの反省なんだけど。

 

 

 

 

 

本当は怖い植物。そんな気がした。

「だから、生きる。」 つんく 2015年

記憶にも新しいが、衝撃的なことに、声を失ってしまった「つんく」は、壮絶な体験を告白して、一度死に、そして新しい自己として再生したのだった。

誰しもそう願っている。

だが、それだって、彼の幸運があったから奇跡的に助かったのである。

 

売れだしてからの、彼の生活は乱れに乱れて、昼夜逆転が続く。そして、眠ろうとしても目が冴えるようになって、眠れず、薬の世話になる。

サプリの飲み過ぎもあった。超多忙なスケジュールに合わせるために、常にに点滴を打って体に鞭を打ち続けた。

というのも、モーニング娘。のプロデゥースや、テレビ、本などあらゆる芸能関係が彼を求めて引っ張ったからだった。

彼は芸能会社の社長として責任を果たそうと男らしく頑張っていたのだった。

そのツケがきたというべきか、恐ろしい裁決が、彼にくだされたのだった。

忙しすぎる生活は、結局は、自分を破壊してゆくことになると、今更ながら警告している。

若さもあったし、仕事はもうメチャクチャに忙しい。

そうして体の警告を無視し続けた彼であった。

 

医者もがんであることを見逃していた。こんなアンラッキーなことも重なって、重症化していった。

声が出ず、呼吸もできないと言った喉の腫れは、ただのデキモノではなかった。声も命をも奪う恐ろしいやつだったのだ。

 

 

結婚した妻は、結局彼のために、人生を捧げた。スッポコから見ればまあ、生贄のようなものだと思えた。

1人の女がこんなに男に尽くすなんて。

子供も3人できた「つんく」は、闘病を、家族のお陰で、歯を食いしばって乗り越えていくことができた。

喉仏を中心に25センチも首を切る手術であった。

生きているのが不思議であると思う。

頭は重量が重く、起き上がるだけで、重労働となったそうだ。

 

彼は退院後、近畿大の卒業生として、入学式のプロデュースを頼まれた。

声を持たない人間の入学式の挨拶であった。

 

彼は、一番大切に思っていた「声」というものを捨てたのだった。

生きるためだった。

せめて家族だけは、自分が守る。そう思うことで、彼は生き延びることができた。

彼が生きる意味は、あったのだろう。

スッポコは実は全く「つんく」のファンではないので、申し訳ないが、また彼が大学を出ていたなんてことも驚いたのであるが、なんとなくチャラい感じだと見ていた。

 

 

今回の、池江璃花子のこともあり、何が大切かを問う大きな難関を背負ってしまった若い彼女に、

つんくとしても、何か、感じたことだろうし、スッポコも、彼女が治って、別の人生を歩むことに

なっても、それはとても素晴らしいことであるとおもう。満身創痍で戦ってきた彼女に対して、何をか言おうとする大臣や大人は、どこかに消えて欲しい。

 

 

「だから、生きる。」 (新潮文庫)

「だから、生きる。」 (新潮文庫)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十訓抄 作者不明 鎌倉時代初期

今昔物語、宇治拾遺集に比べると、少し著名度が少ない十訓抄だが、読んで見ると、まあまあ、と言うところだ。

永積安明の、編集物があるが、惜しいことに、現代語訳が付いておらず、読むのが困難であるため、すぐに諦めて、現代語訳が、バッチリ付いた小学館の古典全集から取って読んだ。

 

色々なお話が載っているのだが、皆が辛抱して、宮使えをしている姿がみえる。

 

平清盛が、人を使うのがとても上手く、どんな小さな役の者も、清盛さま、清盛さまと言って慕ったとある。

また気に入らぬことがあっても、素知らぬ顔で平気を装うことができた、とある。

 

世の中、気に入らぬことばかりである。それを耐えて行くことが大切であると言っているのだ。

これは、現実の自分ばかりが、損な役回りでと嘆く前に、昔から多くの人が、同じように耐えてきたのかと思えば、何かほっと、安心するわたしである。

 

烏帽子を、意地悪い奴に投げ飛ばされた宮の役人は、その屈辱に耐えて、最後は出世したとある。

どんなにひどく謗られ、ひどい扱いを受けようとも、神仏を信じて耐えよというのであるが、スッポコもこれには賛成である。

 

また、実直すぎる役人がいて、人に悪口を言われて、色々苦労するが、とうとう、人徳の人と言われるようになる。同僚の死にも立派な配慮をしておくりだす。

新築の家に移った時に、小さな火種が、急に大きな炎となって、家が燃えた。

燃えるのを止めようともしないので、後で聞くと、「この火種は何か意味があってのことだろう。

自分の家一軒が焼けただけで、おさまってくれてほんとうによかったよ。」と言った。

昔の人は 色々なモノノケについて謙虚に受け止め、おろそかにしなかったのだ。

のぼせあがった現代人も少し見習うべきだろう。

 

だが、宇治拾遺集とか、また読み直して見たりすると、生き生きとして、はっきりとした情景がうかんでくる。

十訓抄はやはり少し劣った作品ではないかとおもわれる。

私としては、今昔物語の、第2巻にある、もにすごく信心深いお話などが面白く思われる。

その極端さが神々しく、面白みがあるような気がする。

霊異記の話も日常の卑近な例に即した面白い話が教訓的に書いてあって、親しみが湧くのである。

ほんの少しのお金を払わなかっただけで、牛に生まれてしまう人間の話があるが、やはり払うべきお金を払わない人にロクなことはないという気がする。こんな人が、実際に周囲にいるから面白いと感じる。

 

 

新編日本古典文学全集 (51) 十訓抄

新編日本古典文学全集 (51) 十訓抄

 

 

 

アトミック・ブロンド 2017年 ディヴィッド リーチ監督

とてもスマートなかっこいい女スパイが、東ドイツへ、スパイとして潜り込む。

予想した通りのヴィジュアル映画である。

まだベルリンの壁が存在していた頃で、ドイツは、ソ連アメリカ、イギリス、フランスなどからあらゆる干渉を受けていたようだ。その辺りの事情はよくわからないのだが。

スパイといっても、あまりにクールで、美しい女なので、どこを歩いても超目立って半端ないのです。

 こんなに目立って、スパイとして大丈夫なのかなあ、と、皆さんも心配になるでしょう。

着てる洋服は、なんか凄いし、カッコいいブーツなんかシャキッと履いて、街へお出かけする。もち仕事のためだが、モデルが、自分を見せびらかせて歩いているとしか見えない。

美しい脚だなあ。

 

味方のスパイのリストが敵に盗まれて、それを追いかける主人公(シャーリーズ   セロン)に降りかかるさまざまな災難と暴力と深い疑惑。誰を信じて良いのか分からない状態で、彼女は進んでいく。

大きな男達とのヴァイオレンス攻防戦でも、彼女はガンガンやっつけていく。空手、柔道、ボクシング、

ナイフ、銃、を使い、殴られながら進むのでもう血だらけである。

これも、監督の趣味だから、仕方ないのかも。

同情しながらも、なんか不思議な感じだ。

 

 とうとうスパイのリストを奪還し、国(イギリス)へ帰る。

そこでも裏切られる、(最初から裏切られていたのだが)、彼女は黙って、飛行機に乗り、何処かへきえてゆく。

 

その頃には既に、ベルリンの壁は、破壊され、ドイツは統一へと向かっていた。

彼女の働きは、何だったのか、と肩を落とすが、でもまあ、これだけファッションを身にまとい、

風を切って歩いたんだからいいんじゃないの?可愛い後輩女スパイとの情事も盛ってあり、

ミュージックが今風で、良かったですね。

モード雑誌を見る気分で気軽に見るようなムービー。

 

 

アトミック・ブロンド [DVD]

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