スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

グリーン カード ジェラール ドパルデュー 主演 1990年

かのちょっとデブのジェラード、いやジェラール様の映画、グリーンカードだがベランダに庭のついたアパートをゲットするために、夫婦だという条件で入り込む話。女が植物マニアで、どうしても、そのアパートに入居したいというのだった。ただのウェイターであったジェラール様を捕まえて かりそめの夫婦になってくれと頼み込んだ。

二人は一緒に住むことになった。これはもう、分かり切った展開が予想されるであろう。

色ごとに長けたあの男。まあ、女は陥落する。男は 結構切れ長の目が綺麗だ。純真さの証。

 

私としては、いろいろな植物が見られると思ってとても期待していたのに、グリーンはほぼチョンボリで、これだったら、まだ邦画の空中庭園の方がマシなような気がする。かなり大きな庭を持ったマンションが出てくるから。

でもまあ、久々にジェラールのたくましい体が見られてよかったよ。なんか何にもしていないのに、

いろっぽい雰囲気がわんさか出るフェロモン男である。

 

 

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おしゃれ泥棒 (米) ウィリアム ワイラー監督 ピーターオトゥール オードリーヘップバーン

何の泥棒なのか、ブランドのバッグや、洋服や、アクセを盗むのか。おしゃれという名詞は 抽象名詞でなので、何を盗むのか意味がわからなくて、ずっと悩んでいたのだ。how to steal a million   と言う英語題名であった。

オードリーが出てくれば、なんでも良いと言うわけには、いかない。それで、ピーター、オトゥールを

相手役に持ってきたのかな。  随分昔に見たのだが、全然パッとしなくて、記憶に残らない映画だと思っていた。

もう少しは、面白くもできたのだろうが、これを作った人は、全く真面目な人間だったのだろう。面白みに欠けるところが難点だ。うま味のないビーフジャーキーといったところか。

 

ヘプバーンの父親が、贋作作りの名人でゴッホなど有名な画家の作品の偽物を作っては売りさばき、

金を手に入れていた。娘はそれをやめて欲しかったのだが、父親は、とうとうチェリー二のビーナス像まで 作ってしまった。

それを知った美術館が 本物と思って、物々しい警備でやってきて、美術館に持っていった。

電気の警報光線を張り巡らせた部屋にビーナス像を飾ると 大勢の人々がやってきて、その贋作のビーナゥを眺めては帰っていった。

如何にもこうにも、納得のいかない娘は 家の絵画を調べにきた諜報部員のピーターにその偽物を美術館から 盗むことを依頼する。ただ美術館の警備は厳重であった。

美術館に、偽物はいけない。ただ ピーターはそれが偽物だとは知らないのだが、娘の真剣さに胸打たれて 協力するのだった。

娘はいたたまれな気持であった。パパを愛してはいるが、やっていることは許せない。

しかしオードリーは掃除のおばさんに化けて 二人で、像をぬすみだしたのである。

ピーターの顔も そう言えばなんか胡散臭い感じで泥棒役もやぶさかではないふんいきであった。

 

ナンダ、おしゃれって、美術品のことだったのか。でも、ピーターの乗っている車は淡いレモン色で(こんな色の車は見た事がない)かっこいいし、ヘプバーンもおしゃれしてこぎれいだし、ピーターも人形のリカパパのようで身ぎれいで紳士っぽい。

まあ、「こぎれい泥棒」とでもいったほうがよいであろう。

 

車は、ジャガーという種類らしい。

 

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ことをいらいしてしまう。

 

 

 

アウトサイダー コリン ウィルソン 著 1956年

奇しくも、奇しくも、この本とまた巡り合った。あれは高校生の頃、学校図書館にあったこの本をりかちゃんと読んだ。リカちゃんが、図書にこの本があると言って図書館に連れて行ってくれた。

りかちゃんには本当にお世話になった。りかちゃんはいろいろな不思議なことを話していた。

言っておくが、彼女は美人でエロティックでさえあったし、目がネコのように大きく見開く時はこちら側の人間も不思議な世界を見ることができた。

スッポコは何故だか、よく、こういう特異な人々と出会う事が何度かあった。何故私ばかりがと、思うのだ。何か、霊的なことも撚りあってのことだろう。其々に 強烈な印象でわすれられない。

緑のロングコートの少女は心配顔の父兄や親類の人々にとり囲まれてコツンコツンと歩いていた。

精神病院に向かうのだった。「アハハハハ!」こりゃ面白いわ。つまり社会問題ということだ。

 

ブッダは言った。出家者は  農業べからず、商売べからず (お金にさわってはいけない)、結婚べからず、嘘べからず、こんなことを守っていれば 社会と相反するため暮らしていけないのだ。まさに社会問題であろうよ。

しかしブッダは進んだ。

 

 

 

この本も、そのように不思議な話が載っているのだった。人生の不思議、人間の不思議、

そのような不思議な巡り合わせで2人は時々会っていた。あれから40年以上経ってしまった今、

ブッダの話などを読み解くうちに、再びあのアウトサイダーの本のことが頭に浮かんだのだった。

 

主人が横から、「その本は、あの頃、とても流行っていた。」

弟が横から「こいつの経歴は分かった。こいつは俗人だ。」

 

地下室の手記を読んだり、マルテの手記も読んだ。りかちゃんはこれらの本のことをよく理解していた。なぜならこの本に書いてあることが彼女自身のことだったからだ。(ただこれは秘密の話でもあるが。)この本は50年以上経った今も何も色褪せてはいない。なぜなら仏陀の教えやキリストの教えが

色褪せていないと同一の理由からだ。アウトサイダーの本も仏陀の教えなども時間とは切り離された真実の話であるからだ。

この本を探すのには少し時間がかかった。なぜならずっと昔のことだったしよく覚えていなかった。

とはいっても、アウトサイダーと言う本の題名やコリンウィルソンと言う名前はなぜか頭にわずかに張り付いていた。そのおかげでやっとのことで遅ればせながらアマゾンのサイトでみつけることがができたのだ。

あるいはもっと簡単に見つかっていたのかもしれないが、この神秘的なる本は実は

まるでこの世から消えてしまったような感があったのだ。

コリンウィルソンは1931年生まれ2013年に亡くなっている。つまり82歳まで生きたと言うことだ。

これならまずまずではないか。またアウトサイダーという本は 1956年に出たので、すっぽこが 1歳の時だったと言うことだ。この本は実はベストセラーとなり世界各地へとばらまかれた。

遠い国の話、我々の住む世界の上にある、見果てぬ夢。

アウトサイダーと言う本は似たようなものがいろいろあって間違いやすいのである。

以下の本が本当の本なので間違えないようにね。上と下に分かれているが、紀伊国屋書店のものは、1冊にまとまっている。そういえば高校の時に読んだものも1冊もので白っぽい表紙の紀伊国屋書店の物だったような記憶がある。

 

 

アウトサイダー(上) (中公文庫)

アウトサイダー(上) (中公文庫)

 
アウトサイダー(下) (中公文庫)

アウトサイダー(下) (中公文庫)

 
アウトサイダー (1957年)

アウトサイダー (1957年)

 

 

 

マティスとピカソ 二人の芸術家の対話 2002年

 マティスは1869年生まれであり、ピカソ1881年に生まれている。12歳の差のある二人である。

ピカソの方が有名であり、ピカソの絵を知らぬ人はあまりいないだろうし、一方、マティスの絵は、よく知られていないとおもう。

二人の制作風景もちょこちょこと出てくる。よくこのような映像が残っていたものだ、と感心する。

 

私がマティスを知ったのは、北野武監督の「アキレスと亀」であった。興味をもって調べてみると、マティスの絵画にかける激しい気持に惹かれていった。

タケシは、フランスで勲章を貰っている。これはあげてもいいと思った。

カンヌはフランス領だし、ニースもイタリア領であったがフランス領になった都市だ。

 

マテイスの穏やかな美しい色彩の絵の中にどういう激しさがあったのか。

絵よりも画家の人生に興味をもつスッポコであった。

彼にも妻や子供がいたのだが、絵を描くことに一生懸命で、家族を顧みなかったのである。

家族は出て行き、彼は孤独のうちに生きた。

マティスは80の年齢になって教会の壁をたのまれたのであった。

これはなかなかの栄誉な仕事であった。四年の歳月をかけて考え、壁を仕上げた。

小さな教会であったが、大きく見えるように光を利用した。

仕上がったのちに、マティスはあの世へ旅立った。または、途中であったかもしれない。

 

あるエキシビションで絵を出した若き日のピカソマティスは、その時代  とても前衛的であり、誰もが、彼らの絵を嘲笑するばかりであった。

だがある画商の目に留まり、彼らは二人の絵を買いしめてしまった。彼らは絵画に対してすごい眼識を持っていたことになる。これはどういうことだろう。

絵の具を塗りたくったような子供の書いた絵ともみえるマティスの絵と、

当時ではとても理解不能なピカソの絵である。

画商の眼に狂いはなかった。二人はその後世界に認められて、偉大な画家として賞賛されるようになったのだ。

この画商なしには、二人はこの世に認められることはなかったであろう、ともいえる。

画商はこの天才の二人をお互いに引き合わせなくてはと真剣に考えた。

そして、ふたりはお互い、良い意味で刺激しあったようだ。お互いに持っていないものを補うべく、お互いに絵を交換したりして、友情を交わしたのだが、マティスは、ピカソの前衛的な芸術性に頭を下げ、その道を譲った。

 

ピカソは、戦争中はじっとアトリエでこもっていた。そして戦争の間も絵を描き、かれなりに戦争と戦っていた。二人のすんでいたパリは戦争でめちゃくちゃになっていたが二人はなんとか生き延びたのだった。ふたりは必死に絵を描くことで、戦争を退けようとしていたかのようだ。

その後マティスはニースの良い館に移り住んだ。そこが、家族との確執に苦悩した家でもあった。

美しい海辺の館、しかし実際には恐ろしい家族内の憎悪に満たされたものだった。

しかしながら、マティスは1日も休まず絵を描き続けた。 

マティスの絵は時折、全く無防備で、無邪気な絵を描いてピカソを驚かせた。

一方ピカソは頭脳の画家とも言われ、構図などをよく考えて描いたらしい。

ピカソはその後共産党にかたより、だんだんとマティスと疎遠になっていく。

女性にしても数々の女と付き合いその度に大きなインスピレーションを感じるタイプであった。

その中にフランソワーズ  ジローという女性がいて、ピカソとの同棲時代や、マティスの事をこの映画で楽しそうにかたってくれている。

彼女ももう現在は95歳である。

ピカソの息子も語り部として出演している。

私は、絵のことは、ど素人で、ピカソマティスがどんな風にすごいのかはよくわからないが、

ピカソの「泣く女」は、泣きながら笑い、笑いながら泣いているような辛い状態の人間を描いているのだと思った。人間誰しも二つの顔を持っている。マティスのことは、綺麗な色彩だけは斬新であると思うが、よく分からない。

だが、マティスは、もっと、シュールな動きのある抽象画が描けたはずであった。近いところまで行ったのであろうが、

もっともっとシンプルに削っていくべきであった。そして万人の心に届くものを作るべきであったのだ。

 

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マティスとピカソ―芸術家の友情

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