スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

サクリファイス アンドレイタルコフスキー 監督 1986年 スウェーデン

タルコフスキー監督のノスタルジーは、1983年、それ以後この作品が、事実上の遺作となった。

彼は54歳で亡くなっている。サクリファイスの主人公も50歳の誕生日を祝う話ではじまる。

監督は、主人公アレキサンダーに自分を重ねている。

かなり深刻な問題であり、監督自身をさらけ出した祈りの様なつくりになっている。

男には、妻、娘、幼い息子の3人と住む家があった。

誕生祝いに集まったのは、ドクター、郵便局員で、この郵便配達人のオットーという男が、曲者であった。神のことなどについて知っていた。

ダヴィンチの3人の博士の来訪の絵を、怖い絵だと言うのだった。

 

そして突然に終末戦争が来て、核兵器ミサイルが4本も飛んできて世界が終わることを知るのであった。

家族は怯えて、パニックになる。妻は、叫び出して、たおれてしまう。

皆を救うためにアレクサンダーは、どうすれば良いかかんがえるのであった。

神に祈るのであった。

そんな彼のところに、郵便局のオットーが来て耳打ちする。

「あの、召使いの女マリアと、寝るのです。そうしないと。世界は救われない。」

「いいですか、あの女と寝なさい。あの女は魔女です」

いいな、男にとってこんな嬉しい予言があるだろうか?まったく、自己有利の法則。

 

ま、それで、マリアの家に行き一緒に寝た。必死の覚悟であったが、アレキサンダーは、女に抱きついて、女々しくも泣いてしまった。

 

目が覚めたら、家のソファの上だった。

核戦争は、本当に終わっていた。皆が無事であった。

 だがアレキサンダーにはまだやらねばならぬことが残っていた。

サクリファイスだ。神への捧げものだ。

彼は家に火を放つ。

 

家族たちの通達で、救急車が来て、精神病院へ送られてしまった。

 

彼は世界に嫌気がさしていた。どうにもならない汚れた世界。

ムイシュキン公爵やチャールズ3世を演じて名優と言われてきた自分にも、何か物足りなさがあった。

アレキサンダーは、よく独白した。例によって例のごとく、この世の矛盾と不条理と、文明についての世迷言を繰り返す彼であった。

 

ただ、タルコフスキーは、多分だけど、金持ちの道楽じゃないの?

 

なんかそんな気がした。もっと切実に苦しんでいる人たちが多くいる中で、

タルコフスキーは緩すぎるよ。

 

彼には、幼い男の子のがいたのだ。この子は首の手術をして白い包帯を首に巻いていた。

だからしゃべれない。いつも、寝ているか、トコトコ歩いているかであった。

ただ、この子のことをアレキサンダーはかわいがった。なぜか召使いらもその子を愛していた。

子供は松の木をパパと育てていた。水をやると木が生きて、緑になる。

パパが、病院に行ってしまった後も、子供は、水を運んでは松の木にかけてやるのであった。

 

 

一部がキリスト教、一部が仏教、両方にまたがった思考の持ち主の主人公である。

ダヴィンチの絵、マリアのこと、一方、音楽に尺八が入り、仏教の求道者の様な様子もみられる。

最後は、黒い紋付の着物を着て走り回るアレキサンダー

  見る方も力がはいる。希望を託されたちいさな男の子ががかわいい。

 

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こま

日の名残り The remain of the days カズオイシグロ

ノーベル賞に輝いたカズオイシグロの「日の名残り」のことを、皆さんも知りたいでしょう。

この小説は1989年に、ブッカー賞をとり、1993年に、スピード映画化になった作品です。

実はこの作品、スッポコは昔、見ていたのだから、他の人たちも沢山いて、見ていると思いますよ。

 

 イギリスのダーリントンという館に住み込みの執事や、召使いなどが、働いていた。

館の主は、ダーリントン卿である。歴史のある館であり、3、4十人もの召使いが隅々まで目を行き渡らせていた。

執事長として、長年務めるスティーブンスは、ご主人に最も近い場所で、支えていて、決して私語をはなさず、仕事は申し分ない気配りができる使用人であった。彼はこの大きなお屋敷の執事として仕事一筋にに生きて行こうと決心しているかの様な仕事ぶりであった。

 

大きな催し物では、狐狩りがあり、多数の貴族らが集まり、その後、会食をした。

このようなイギリスの伝統の麗しさが描かれているのである。イギリス万歳といったところか。

老いた執事の父親が来た時も、ダーリントン卿は屋敷の部屋を与えてやり仕事も与えたのだった。

普通は考えられないことだが、親切な紳士といった事なのか。

 

 

ただ彼は、仕事に完璧を期すあまりに、すこし人間の感情が硬くなっているのであった。

彼に想いを寄せる女中頭は、その為、そっと去っていく。彼は仕事のことしか話さず、それが人生だと割り切り過ぎていた。女の気持ちに気付いていたが、知らん顔をした。彼にとって、執事としてご主人に使えることに代わる何物もないのだった。

 

ヨーロッパでは、ドイツ、フランス  、イギリス  アメリカなどが、入り乱れ、話し合いが持たれるようになった。

それがまさに、このダーリントンの屋敷で行われていたのだった。

各国の首相や、大使たちが来るようになり、主人のダーリントン始め、執事のスティーブンス達は、粗相のないように立ち働くのだった。

それは名誉な事ではあったが、ナチスドイツができてからは、雲行きが変わって来た。

人の良い、お金持ちのご主人様は、各国の目論見にごまかされ、騙されたようになって、ナチスのシンパだということになり裁判にかけられ、呆然としたまま失意のうちに亡くなってしまった。

ダーリントンという立派な自分の屋敷を提供したにも関わらず、要領が良くて抜け目のないもの達から

全てを奪われたのだった。こういう恐ろしい事は、実は よくある事だろう。

しかし、スティーブンスだけは、屋敷に残り、新しいアメリカ人のご主人様ファラディに使えるようになっていた。しかし、ダーリントン卿こそは、信じられるそして尊敬できる一番の紳士であったと思うのであった。

彼は、ダーリントン卿の時代を懐かしみ、昔を思い出しては、それを噛みしめるのであった。

最後に、彼を好いてくれていた女中頭との再会を果たす。

彼女は結婚して、孫もできていたが、結婚は失意のものであった。

スティーブンスに、久々に会い、お茶を飲み、別れた。

彼女の目には、ちぎれんばかりの涙が溢れていたが、遠ざかるバスの中で、スティーブンスにはそれが見えなかったのである。

この映画作品は、アカデミー賞をとっている。

8部門で優勝している。

なぜ?という事だ。 

まさかイシグロがノーベル賞とは、知らなんだ。 

そういうことを予想してたんか?

スティーブンスの役を、アンソニーホプキンス(羊たちの沈黙)が、真剣に、いや、飄々とやってのけたというべきか。

それなりに大変だったとおもう。だが、アカデミー賞を取るような映画だったとはね。

どこの何が評価されたのか、おしえてほしい。特別悪い映画ではなかったが、ある意味、坦々とした映画であった。

 

ただ、羊にしても、何がいいのかわかりにくい中途半端なプロットを持つ作品であったとおもう。特別な作品とも思えない。なぜ羊が沈黙するのかね。誰か説明できる人あるかいな。

なぜか宣伝がすごくて有名だったため、、皆が競って見たのだった。よく、刑事ドラマなどで真似された映画ではあった。

 

 

 

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Never let me go わたしを離さないで カズオ イシグロ 映画 2010年

ノーベル賞にしたって、この小説は理解しがたい。まず、臓器移植の為に少年少女が集まって生活している、そんな大きな国立の建物がある。そこは閉鎖病棟のようで、外には、境界線が敷いてある。

そこから外に出る事は禁止されている。

建物の中では、子供らに洗脳教育が当たり前のように為されているのだった。

 少年少女らは、外に買い物に行ったりはできるはずもなく、とても小さな世界で、管理者に守られて生活し、大人になって行くのである。

 

このような 陰気な話を、イシグロはどうして思いついたのかな。いや、なぜ思いついたのかなと、

そこが分からないところだ。

題名の  never  let  me goという歌は、ものすごく情熱的な恋の歌。キャシーが持ってはならない心の有様であった。kiss kiss  kissing ! なんていう歌だもの。皮肉にもほどがある。

 

どこまで言っても陰気であり、それはこう言った閉鎖的世界に幽閉されていれば、当然のことだが、これではあまりに、人間であれば自爆するしかない設定。

脱獄するとかそう言った場面を作ってもおかしくないだろう。

なのに皆がハンコを押したようにえらい大人しく覇気もないままである。

主人公の女キャシーは、えらい老け込んだような顔をした女だった。艶のない皮膚、シワっぽい皮膚で、

平静さや冷静さを描こうとしている。そうでもしなければ、こんな場所で平静さは保てないものね。

もう一人のルースは、名前のごとく自由奔放な年相応な女の子である。

恋をして男の子と深い中になるが、なんと言っても施設の中での出来事であるのだ。プライバシーなぞありはしない。恋と言っても恋にならない恋であった。

 

この子も、結局臓器提供して死んでいくのだが。

主人公の女はトムという男の子とついに恋仲になるが、トムも死んでしまう。

キャシーは、介護人という職について、自分の仲間たちの介護に当たっていて、特別な地位にいるように見えた。しかし、結局は、皆と同じく、臓器提供をしなければならない時が来たのであった。

 

何もかも無くなっていく人生。何もかも幻のような仮の人生。

この子たちは全部、だれかのクローンだというのだから驚きだ。まさに仮の姿の仮の人生である。

だが、これも仏道か。この娑婆は仮の住まいと心得よ。とあるからな。

イシグロって、両親共日本人だし、何かその変に秘密がありそうだな.

 

映画では主人公が、キャリーマリガン(華麗なるギャツビー)、ルースは、キーラ ナイトレイ といった

美女揃いだが、マリガンは、役どころで、グッと抑えた演技になっている。

 

 



 

 

 

 

 

ハービーワインスタイン セクハラのためアカデミー会員 除名

やはり、そんなことだった。ワインスタインは、映画のアカデミー賞の決定権を持った人間のなかでも最高の権威を行使していた人である。セクハラ事実をアンジェリーナジョリーらにばらされた。

彼らは、じっとこの時期をうかがっていたのだろう。映画界は腐りきっていて、誰が見ても、おかしなことになっていたのだからね。

彼は、映画のプロデゥーサーもするし、タランティーノ監督を発掘したりもあった。

どれもくだらない映画であったなあ。やはり、裏取引があったということか。

オリバーストーン監督にもセクハラ疑惑が浮上した。この人の映画もおかしなものばかりだ。

スッポコに限らず、大抵の人が呆れてコメントもできないというくだらなさがあるのだ。

タランティーノは「パルフィクション」「キルビル」などの作品があるが、どれも暴力で進んでいくおはなしになっている。

ワインスタインがプロデゥースした「恋に落ちたシェークスピア」に至っては、悲しいほどくだらなくて、弟はシェークスピア研究の本も読んだりしていたが、読んでいなくてもこの映画には失望しかないのだった。「なんだ?この映画。クッダラン、クッダラン」

 

オリバーストーンは、「プラトーン」という映画が有名だ。これもスッポコはまだ見ていない。直感で避けたのか。

 

彼らはワインスタインと組んで、アカデミー賞をものにしていったのだ。

 

この様子は、大小に関わらずどこの組織にも見られる事で、

裏金、裏取引が、昼も夜も行われている。

それがなぜ良くないのか。まあ、、ことの大小に関わらず、闇の中でやった事は、やはり闇であろう。

はっきりしない無茶振りを権力と金力でやってのけて、自分たちが、儲かるしくみになっている。

 最近、スッポコのところにも怪しい手紙が来たが、アンケートという形をとって、本当の目的が覆い隠され、個人の財産の侵害を行なっている様は、浅はかよのう、としか言いようがない。

スッポコは家族から、統失ではないかと言われるほど、疑り深く、どうにもならない事にブーブー言って、ヒンシュクをかっている。だが、その推理にしてもほとんど、当たっているのだ。

何か事業をする場合、役所にお伺いを立てて支援をお願いするのだろう。そういうことで、いつまでも癒着はつづくのである。杜子春には、富の虚しさが描かれている。直接関係なかったか…。

 

杜子春

杜子春