スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

養生訓 1712年 貝原益軒 著

1630年から1714年まで生きた益軒は、江戸時代の本草学者、いわゆる漢方の医者であった。

その時代は、中国から伝わった本草学の本を読みこなして医者になるのが普通であり、朝鮮人参を始めいろいろな漢方の草や木を調合して、病人に飲ましていた。

中国さまさまである。

彼も猛勉強の末、独自に研究を重ねていったものと見られる。

もともと病弱で長生きはできまいと言われていた子供であったため。

だが彼は養生を通して他の人より長生きし、85歳まで長生きしたのだ。

 

彼のやり方には、真実味があるが、現代では不潔だとかいってみすごされているものが多いだろう。

わての子供たちも、嫌がってしないから。特に、自分の唾を湯水に溶いて焼塩も少々混ぜて目に塗ると眼病を防ぐという。この方法を現代人は嫌がるのだった。

早い話が唾液を目につけとけば良いのだ。猫が唾で顔を洗うようにだ!猫の目のように夜でもぴかりと光るように。

 

 

唾液に、大きな治療的要素が含まれており、眼病を防ぐことは本当であるのにと残念だ。

動物は傷口など舐めて傷を直している。強い殺菌力や免疫力があるのだろう。

わても山で鎌で指を切ったが、舐めているうちに傷は閉じた。ヨモギも使ったようにも思う。

 

あとは季節的なものだが、夏至冬至などの天体と季節の巡りの時には、子作りはしないとかもある。

風呂は、きわめて少なくするのがよいという。これは若い娘などにはとても無理な注文である。不潔だと言われることを極端に嫌う娘達に、真実はなかなかに遠いのだ。

年寄りをドボンドボンと風呂につけるのは命を縮めることになる。

年寄りは、集会や葬式などには出ずに、静かに、庭をそぞろ歩きして、気を遣わずに暮らすのがよい。

デイサービスだの老人クラブなどで元気自慢をする老人がいるが、見苦しいものだ。

また還暦過ぎて新しい事業などうちたてるのはよろしくないと。血圧も上がり、寿命が縮むからだろう。現代は年寄りもイケイケの時代であるが、体は意外に正直なものだ。

退職後に事業など手にかけて、どれほどの人が成功し幸せになったことか、あやしいものである。

 

食はもちろん小食に限る。これはすでに、この時代から言われていたのである。

何十年もの研究の結集が、人間のためにというこの本になった。

 

この本にはないが、朝鮮人参は、本来腹痛の薬である。胃痛や下痢などに効く、それを常用することは、危険であり身体を壊す、つまり腎臓にわるく糖尿病をまねく。

これは皆さんのために、ここで言っておきたい!

 

養生訓 (講談社学術文庫)

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アメリ 2001年 オドレイ トトゥ主演

見たかったが、見ずじまいにしてきた映画の一つだ。アメリか、メアリかという疑問と、シンプルすぎる題名に引いてしまったせいだ。

何か幸せになる話だと聞いて、わてもなりたいと思って見た。

 

最初の入り方がとても美しく心惹かれたのには参ったが、やはり、フランス映画だった。

フェアリーのようなエンジェルのような少女の話かと思ったが、普通の自閉的な女であった。

医者の家に生まれ、母に教育を受けて小学校にも行かずに育った。子供の時からも友人は一人もおらず、すべて空想で友人をまかなっていた。

そんな孤独で、人間との接触嫌いの娘のはなしである。

 

だがそんな彼女は、あるカフェに勤めていて、皆と仲良くやっているのだが、自分の恋にはとても慎重で、絶対に、話しかけたりできないのだった。

人のためには、いろいろ骨もおっては見たが、自分のこととなると羽をもがれた蝶のように何もできないアメリだった。

 

そんなもじもじの恋にも、なぜだかハッピーエンドになる。

生身の人間と付き合うことになるアメリであった。

エピソードとして、アメリの恋人は、ポルノ店の店員という設定である。

周囲のいろいろな人がポルノ映画のような振る舞いばかりしているというところがダメなのである。

観客を喜ばせようとしてかポルノを引っ張ってくるお国柄が理解できない。せっかく良い文化も持っているのに、腰砕けになるストーリーが多いような気がする。

これがロシアとかであれば、真面目な哲学的な映画になったであろう。

 

それはともかく、パリ、モンマルトルあたりの、奇人変人が、当たり前として生きて行けるそんな自由な街ということだ。

 

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ヴィダルサスーン 2010年 クレイグ ティパー 監督

誰かしら、この奇妙な名前は聞いたことがあると思う。

 

美容師の世界を芸術にまで開いたイスラエル人のヴィダルサスーンは、貧しいロンドンのユダヤの家庭に生まれたのである。子供の時は父親は蒸発し、貧しいために孤児院で育った。そこでは教会の聖歌隊で歌っってはいたが、教育はほぼ受けてはいない無教養のまま、社会に投げられた。

そのとき、彼を、美容の世界に入れたのは、母親であった。「おまえは美容師になりなさい。」

そう言ってある美容院に連れて言った。

そこで、shampoo  boyとして働くようになる。シャンプーボーイ、この軽快な言葉。

 

 

 

初めて作ったヴィダルサスーンの店は、とても変わった店であった。

お客の注文には答えず、ヴィダルが好きなように好きな髪型にしてしまう店であった。

それが嫌なお客には、タクシーを呼んで帰ってもらうと言ったやり方であった。

彼には新しいものを求めて一つたりとも妥協を許さなかった。人にも自分にも。お客にも。

 

ロンドンでは、どんどん新しいファッションが生まれ、ミニスカートが生まれ、それとともにヴィダルのカットもうけいれられたのだ。

ビートルズローリングストーンズ、ミニスカートのマリークワントなど時流はヴィダルの方に流れていった。ファイブポイントカットや、ジオメトリーカットなど次々と新しいヘヤスタイルが雑誌に載った。もう彼の名を知らぬものもなく、店はいつもお客がひしめき、大変な騒ぎであった。

ガラス張りの新しいサロンはその頃とても斬新であった。

進み過ぎのモンドリアンのファションには彼のカットがとてもマッチする。

たくさんのスタッフが、一団となって働き、皆がヴィダルのカットの技術を会得しようと必死になっていた。

とても厳しく躾けられて、お茶の出し方や、ドアの開け方や、タクシーの呼び方まで、厳しいもてなしの技術も磨かれていた。

 

ヴィダルのカットはとても進んだものであり、魔法のような不思議な魅力と驚きに満ちていた。

 

 

わてが唯一知っているのは、

これはもちとんヴィダルではないが、ある美容師が奥さんの髪を切った。

とても短いカットであった。

次の週に会った時には、奥さんの髪はナチュラルに落ち着き伸びていたが、とても美しいカットのウェーブが出ていて、息を飲んだ。

これはどうしたの?ときくと、「うちの旦那がカットが上手いのは、いい師匠の元で学んだので、こんなに綺麗なカットができるのよ。」

といったのだ。

 

きっと日本にも、ヴィダルの技術は伝わってきたのであろうと思えた。髪の生える方向に決して逆らわず切っていくやり方。

うつくしいカット、これが彼の命であるのだ。

 

シャンプーボーイから約70ねんに渡り、髪を作り、髪を切り続けた彼は、イギリスからも勲章を貰うし、ファッション雑誌vogueのエディターのコディントンの髪も受け持った。

彼の嬉々として働く姿が皆を元気付けることは請け合いである。

 

 

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さかしま ユイスマンス 原作 澁澤龍彦訳

ユイスマンスはフランスの文学者であり、デカダン派の代表選手と言ったところである。

詩人のヴァレリーなどに影響を与えたということだ。

はじめは、悪魔主義で日本の夢野久作ドグラ・マグラのような感じの小説を書いていたが、のちに、キリスト教に傾倒して行き、変わっていった。

 

さてこの「さかしま」だが、逆さまというこことであるが、物事を逆さまに見ているということであり、行動も逆さで、昼夜逆転という現代人の病のような生活を送る者である。

その名はデ.ゼッサントという一人の貴族の若者だ。非常に脆弱で、全てに敏感で、美意識は、とても高く、すべての美しく美術価値のあるものを好み、絶対の自信を持っていた。

この小説では、美術から植物まで色々の美しいものがたくさん出てきて、もうヒッチャカメッチャカのように散りばめられているため、わてはその辺は、パラパラと目を通しただけにした。

 

 

彼の家は代々続く貴族の家で大金持ちだという。パリの喧騒に飽き飽きして、とうとう田舎の別荘に引っ越してしまう。その家をあらゆる贅を尽くした彼独特の趣味の家に仕立てて、とうとうそこに引きこもってしまう。

 

両親は居ないような状態で育てられたデッサントであった。

彼には働く必要もないのだし、引きこもっても別段どうということはないのだ。

お経に遠離一切顛倒夢想といって、さかしまな想念からは離れなさいという言葉がある。

そこでの生活は、彼に言わせれば、俗世には理解のできない高い美意識に守られた要塞のようなものであったのだろう。

 

ただ、あまりにも閉塞的に過ぎるのである。耽美主義はどこかで崩れ去る運命にあるものだといってもさしつかえないだろう。

 

女もよりどりみどりであったが、しかしどこに、愛があるものか。

お金に媚びを売る女ばかりかもしれぬではないか。どのような喜びがあるのだろうか。

彼はいろいろな芸術を分析し、気の向くままに生活していった。ただ社会とは隔絶していた。

これは本当は厳しい現実からの逃避である。自分の弱さを美術品鑑賞で誤魔化した見苦しい自己ではなかったのか。

 

そうしているうちに、デッサントはなにやら病気になる。原因のさっぱりわからぬ病になるデッサントの苦しみは何か不思議な苦しみであった。しかし苦しいことは確かである。

医者も困ってしまうのだった。

だが、医者は意を決して進言する!

「ここを出なくては、あなた様は死んでしまいますよ!」

 

しかしデッサントは、グズグズと決心がつかない。またあのパリに帰るのかと思うと、全く気が進まない。

しかし死ぬのは嫌だというので、いやいやパリに帰るのである。喧騒の街パリに。

 

彼は必死に変わろうとするだろう。それが生きて行くということであるのだ。

彼の中には一握りでも生きることを渇望する健全な自己が残っていたのである!

がんばれ、デ・ゼッサント!わても応援してるで。

 

 

 

さかしま (河出文庫)

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