スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

(わろてんか) 吉本せいと林正之助 愛と勇気の言葉 2017年

日本のお笑い演芸を育てた吉本せい(わろてんか)、と其の実弟が放った言葉は商売を営む者には大切な言葉ばかりだ。

せいがまだ女盛りの若い時に夫は亡くなった。大小の舞台を持っているせいを助けたのはしっかり者の実弟であった。

夫は悲しいかな遊び人であった。飲む、遊ぶで、女とは切れ目がなかった。

悲しい明治女のせいさんである。なぜ仕事に精を出さなかったのであろうか。せっかく二人で築いた演芸場を、彼はなぜ一緒に守ってやれなかったのか。生まれながらの放蕩者だったのか。

でもさっさと死んでやれやれ。ですなあ。

弟の正之助は、センスがあり、売れていく芸人かどうかが一目みてわかったという眼識の持ち主であった。そして日本中を良い芸人を探して歩いたそうだ。

笑いの劇場は、常に世間から一歩進んでいないといけない、などとヤボなことはいわない。

「常に半歩進めよ。」これが王道である。

吉本は芸人たちを社員として、給料制をとりいれ生活を安定させ、より芸に精進できるようにした。

何よりも、お客様目線の言葉が生きている。売れない若い芸人を積極的に舞台に出した。

せいは芸人の一生懸命さをとても大切にした人だった。人気者でも、熱心に精進しない者は、いつかは消えてゆく、ということだろう。

一方、正之助は良いものも食べたり味わったり、本を読んで教養を積むことも進めていた。目に見えぬ雰囲気としてそれは出てくるからである。

 

エンタツアチャコを輩出し一世風靡したのである。

熾烈な競争世界である獣道のような演芸の道を歩いたのも、お客の笑いという励みがあったからであった。

ただ、ひとりぼっちのせいはこの生活はつらいものであったのだ。

一人息子がいたが笠置シズ子の娘と結婚するも、惜しくも死んでしまう。

これを機に張り詰めていたせいの心身は一気に弱り、あとは気落ちしたまま余生をおくるのである。

夫を亡くし、大事なむすこさえも失ったせい。旦那がそばにいて二人で苦労をわけあったのではない。

せいは一人で切り抜けるしかなかった運命にあった。

ガックリくるのもよく分かる。

しかし、生き生きといきた女であった。「男勝り」などと言ってはならない。

 

吉本せいと林正之助 愛と勇気の言葉

吉本せいと林正之助 愛と勇気の言葉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マラヴィータ 2013年 リュックベンソン監督

とにかくこの監督の映画は分かりやすい、面白い、速いの三拍子である。こんな人はなかなかいない。

トランスポーター、ニキータ、レオン、ジャンヌダルクと、いろいろあるが、ジャンヌダルクは重く、苦しい話で記憶に残った。ルーシーもあったわ。

 

テレビでもやっていたので、パクられたと思ったスッポコは、一昨日、マラヴィータを借りたばかりだった。

ロバートデニーロが出るのは久々だ。彼は歳をとったので、コメディーしたてになっている。

彼は本当はある街のマフィアの親分であった。現在は足を洗っている。ので普通のおじさんなのだが、どうしても昔のくせが抜けない。

気に食わない野郎たちを直ぐにポキポキやっつける様は面白くてわらってしまう。被害にあっった人々は笑ってなどおれないのだがね。

妻はミッシェルファイファーの中堅どころ、彼を監視するFBIのおじさんはコーヒーボスのコマーシャルでお馴染みのトミー -リー-ジョーンズである。配役が適材適所に配されていて、面白く、くすくす笑う場面も多い。特に娘の彼氏のメガネインテリ野郎が笑えてわらえてさ

 

昔の仲間のマフィアから裏切り者扱いを受けて追われているデニーロと其の家族たちであった。

色々苦労して自分たちがマフィアであったことをまちのひとに隠そうとするデニーロたち。

周囲の人たちもおかしな隣人ばかりでおもしろい。

人々のためにちょっといいこともするマラヴィータである。

 

 

今日はデスノートlight up the new world もやっていたね。

これも前に見たのにアップしていないのは、なぜだったんだろうか?

 

マラヴィータ スペシャル・プライス [DVD]

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ハマオモトヨウの悲劇 Genaside

f:id:dekochanya:20171115204817j:imageなぜか昔からあるハマオモトの白い花が咲いた。百合のようなしろい花で、茎は太く、水気をたくさん含んでいる。ただ昨年から、ハマオモトヨウというくろい虫がつき、困っていた。大雨や温暖化のせいだろうか。昨年は殺虫剤などで絶滅したかに見えたが、今年もまた、同じ害虫がウロウロしている。

ガーデン用の殺虫剤をかけたがビクともせずにポトリとも落ちてこない。

この野郎!許すまじ。鍬を持ってガンガンオモトの茎を掘り、大きな球根を掘り上げた。虫たちは、ただひたすら動かずじっとしたままである。くそ、無駄な抵抗しやがって!球根を掘りあげて、植物を根絶やしにした。つもり。根がたくさんあって死にそうもない。

そうやって鬼のように鍬を振り上げて植物と寄生害虫をやっつけながら、ふと、お釈迦様の殺生はしてはならぬの教えを思い出してしまったスッポコ。

ああ、また、殺生をやってしまった。こんな黒い虫にだって、命を授かってこうして這っているのになあ。などとちょっと反省していた時、何か小さな茶色い蛾が、急いでこちらにやって来るのが見えた。

あ、わたしの好きな茶色い、おとなしい蛾だ。

あれ、もしかして、この黒い虫って、この蛾の幼虫じゃないのか?

やばい、これ,もしかして幼虫のお母さん?すごい剣幕で急いで子供たちのところへ駆け寄るその姿!

だが既に遅し、ごめんね、虫のママ、子供達をみんな殺してしまったわ。oh,no!genaside.

 

また次の日に行って見た。いちに匹が生き残り、草の上に這っていた。ああよかった。なんかほっとしたな。

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バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡} 2014年 アレハンドロ G.イリャニトゥ監督

ゴンザレスイリャニトゥ監督という舌を噛みそうなお名前で、アカデミー賞を取ったのだ。

まず、題名に騙されるのだ。別の題名であったなら、こんな苦労?はしないで済んだ。

主演はマイケルキートン(バットマン)で、鳥と縁がある人だ。娘にはエマストーン(ラ ラランド)がでている。やたら目の大きい女優である。この人の出演が、大きかったのかな。

ワインスタインの力かな。予期せぬ奇跡はいつ起こるのかと、最後まで見たが、

予期せぬ失望を味わう作品だった。主人公は落ち目の俳優で、幻視や、幻聴が出て来ていた。

映画の中ですでに現実と自己の内面とが区別できないような夢見るおじさんである。自分は本当はバードマンだと思い込んでいる。ワオ!

 

エドワード ノートンという「素晴らしきかな人生」とか「ファイトクラブ」「幻影師アイゼンハイム」とかに出ていた俳優でキートンの演技に強さと弾力を与えた。しかし、ふざけたことを高尚にしゃべっている男だった。

 

 

無知とはどういうものだろうか?

観客が無知なのだということなのだろうか?

無知という言葉に引っかかるすっぽこである。自分のことを言われているみたいでイヤなんだ。

 

ふざけるなと言いたい。空を映画のバードマンのように飛べる自分にあこがれていた。バードマンはかつての主人公の大ヒット作品であった。主人公は当たり前に懐古主義の老害にさいなまされている。そもそも現実と舞台と自己の内面が奇妙に練り合わされて合成された、これはそういう作品である。こんな幼稚な手は使って欲しくないね。

チェ、何がどうなっているんだ。

 

ジーと画面とにらめっこして見ていないと、喋っている会話がなかなか高尚であるから難しく、目も耳も離せない。文学的香りのする会話文。シャークスピアばりの多弁である。

 

 

 

ただ無知のところはthe   unexpected   virtue of  ignorance となっているので、どのように訳すのかで、いろいろ異なってくるであろう。「無知」という日本語訳が誤解を生み、作品をさらに汚した。誰がこんな題名を考えたのか。この題名に始まりこの題名に終わる。そんな映画。クソッ!なぜこんなに腹がたつ?

 

ありゃ、こりゃだめだ。駄目だわさ。このDVDのパッケージの写真のように真ん中に主人公がスックと立っている映画はスカが多いと思う。あしからず。