ドンジョバンニというスペインの放蕩児にして好色男のオペラをモーツアルトが作曲したのだが、その
脚本はロレンツオ・ダ・ポンテという男が書いたのだ。イタリアのベネツイアからオーストリアのウィーンに追放さたポンテは、稀代の色男ジャコモ・カサノヴァの案内で、モーツアルト(1756年生まれ)と組むことになり、有名なオペラをかきまくった。モーツアルトの評判は既にヨーロッパ中になりひびいていた。カサノヴァ(1725年生まれ)がこれを逃すはずもない。「カサノヴァ回想録」を書いたカサノヴァですって。映画の中でも老年のカサノヴァは光り輝いている。一番の見ものだろう。
カサノヴァはかっこいいですよ。教養厚く、芸術に秀でた眼識をもっていたのです。モーツアツルトは生活も楽ではなく書きまくるしかなかった。しかもからだもあまり健康ではなかった。あふれる才能の天才は映画アマデウスよりよく描かれていると思った。「フィガロの結婚」、「コシ .ファン.トゥテ」などなど。
しかしあくまでも、ダ・ポンテが主人公である。
少し筋のわかりにくい映画になっている。いつも男女が入れ替わっているので、よくちゅういしてないとわからなくなるのが難点だ。でも音楽はなかなかききごたえあるので楽しめる。二度ぐらい見ないとわからんね。カレー鍋まわしてたってわからんよ。クソ!パスタもゆでれんよ。
ジョバンニは女を何千人もあつかい、追われて、墓場に逃げるが、そこで大理石の石像に「悔い改めないと、地獄に落ちるぞ」と声をかけられる。この石像はある女の父親の像であった。彼はジョバンニに殺された男である。驚きもせず、大きな晩餐に石像を招く。「どうか、ご来賓くだされ」まさかだが、石像は本当に宴にやって来たのだった。驚きも見せずに、ご馳走でもてなすジョバンニである。「悔い改めて、もう放蕩はやめると誓え」と迫る石像。「こうやって私がお前のばん招かれて来たのだから、お前も私の晩餐にきっときっと来なくてはてはならぬ。その意味は、地獄へ参るという意味だ。わかったか。わかっているだろう?!」ジョバンニは地獄へと旅立った。地獄の業火が彼を包んだ。宿命。しかしこの頃、ちょうどモーツアルトの父親が亡くなり、石像として生き返ったことと話が重なるのではある。
金はもうけたが、モーツアルトは、あっというまに使い果たし、元の貧乏暮らしであった。著作権などない時代のことである。映画とは関係ない余談であるがモーツアツトは、尊敬するバッハ先生(1685)にはじぶんの進みすぎた音楽を分かってもらえるだろうとバッハと連絡を取ろうとするのである。彼の音楽は何時の間にやら、
民衆を越えて神へと近づこうと悶えていた。孤独な苦しみがあったに相違ない。なぜモーツアルトの音楽は、滞った血を蘇らせ、血を廻らせ、ねている病人をもいやすのか。 メヌエットはやさしくやさしくそよ風が額を撫でているか、撫でていないかのように進む。
私が思うに、モーツアルトはまさに聖人の列に加えてもいいとおもうが、どんなもんか。モーツアルトは辞退するかもな。笑いながら。ゲーテも絶賛した彼。バッハとヘンデルは1685年に同じ年にうまれている。わたしがしばし寝たきりのような病気をしなかったら、モーツアルトを知ることはなかったし、買い物好きの主人がクラシックのセットアルバムを買っていなかったらクラシックとは一生涯無縁であっただろうな。
追記…トルコ行進曲を作曲した時、モーツアルトは借金取りに追われるので、妻と旅に出た。一番お金のない時に、旅の途中で書いたたのだった。農園のしゅじんにご馳走になり、そのお礼に。お金がなくて泣きそうな時、ちょっと勇気が出るかも。
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