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スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

映画 イブ サンローラン

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ご覧ください。まず。このフェイスです。この人自身が、男性トップモデルぐらいの細身の身体と華奢な表情をもっていたのですね。惚れますね。いやはや。配偶者は2番目の写真の男ピエールベルジェだそうです。もう倒錯の世界観です。彼はイブの相手でもあり、あらゆることをマネージしていた。そしてイブが亡くなる71歳までの50年もの間イブと共に歩んだそうだ。イブがなくなって彼の集めた美術品の数々を競売にかけた。イブは美術全体にいや芸術に造詣が深かったのは、まああたりまえかもしれないがいくつかの屋敷も別荘も手放した。それは美しい屋敷で庭も南洋の木々が生い茂り幾重にも影を作っているような庭だったし、別荘はイブ自身の分身のような建築物だった。ここに篭って仕事もした。ローリングストーンズとかの大物の出入りもたびたびあった。確かモロッコのマラケシュのまちの屋敷であったが、異国情緒たっっぷりの家だった。20歳ぐらいの若さでクリスチャンディオールの後継者であったイブは若き天才としてもてはやされたのだが、そこを首になる。理由は戦争ぎらいのイブがこしぬけだったからだ。それで新たなメゾンをピエールと作り、華々しい天才ぶりを世間にしめした。一年に二度のパリコレなどの発表は、本当に過酷な作業だったし、実際に体力お金創造力とすべてをかけた真剣勝負だったのだろう。友人達はこのような過酷な作業はないだろうといっている。若かった彼は全身全霊をかけて、デザインの創作にまいしんしていっった。世界的なデザインなー、フランスの宝となっていく。フランスの洋服の伝統はやはりすごいものがある。
あまりにも繊細な彼の中で何かが、ひび割れていった。彼はいつの頃からかアルコールとドラッグの助けが必要な人間となってしまっていた。一緒に暮らすピエールや周りの人達は、そんな彼に困り果てていた。医者の診断は、神経症であったらしい。とにかく誰にも会わない、記者やマスコミのインタビューはすべてキャンセル。いつもうつ状態で、沈み込み、苦しんでばかりの日々がつづいていた。引きこもって誰も手が出せない状態の彼に、誰もがうちひしがれた。みんな彼を信じ愛していたのだろう。ああ、辛いのは彼ばかりではなかったのだ。ただしかれはパリコレはいつも欠かす事なく発表し大きな喝采を受けつづけたのだ。サガンの家の近くに住んだりしてにひっこしたりしたがサガンやその他の有名文化人には決して会うことはなかった。かれはもううんざりしていたのだ。そんな辛い日々の中でパリコレには毎年新しいデザインを発表しつづけた。それが彼の義務だったのだ。
そして笑うのは一年のうちでパリコレのその日だけであった。次の朝には、もう苦悩の表情が浮び苦い日々が待ち受けるのだった。ミッテラン大統領から名誉あるレジオンドヌール勲章をもらった。彼はもうとっくの昔からフランスの宝だったのだから。ファッションの国フランスでこんなことがあったなんて皮肉である。人を幸せにしたいと思う優しいイブサンローランは今天国でどうしているんだろうか。幸せになって欲しい。私自身はそう思う。誰も彼をすくうことはできなかった。それはそうだろう。ファションのような人工的世界は非生産的な感覚を召喚してしまうのだからね。かれは彼の籠からでることができなかった。許されなかったとも言える。しかし一方で彼の偉業は燦然と輝き、かれは、
いつまでも人々から愛される。かれはただそんなひとだった。素敵でかっこよくて、いかしていて一緒にいたくなるような人。それが短所なのか長所なのかはわからないが彼の残していった疑問と、苦悩こそが、現代社会への一石であろうと、わたしは解釈せざるをえなかった。

 

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