スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

100円の恋 2014年 武 正晴監督

安藤サクラ主演の映画。共演はあの新井浩文ときた。彼はこういう役では、はまりやくである。

安藤の演技はだいたい予想できるので、ヤッパリとなるが、なんと、この映画では、ボクシングにかけるオンナを演じている。

サクラって人は、運動神経ゼロで、うろうろしてる人だと思ったら、間違いであった。

縄跳びぴょんぴょん、二重飛び。そしてボクシングが、とても上手い!なぜ、いつ?!

サクラがこんなに運動能力があったなんて、だれもがビックリするだろう。

 

もともと、弁当屋の実家に居候を決めていたニートのサクラは、偶然にも、ボクシング選手と知り合う。

そして、負け試合の後に、ボロボロになってサクラのアパートに転がり込む。

 

サクラは弁当屋の実家から追い出されて、100均コンビニで働いていた。

「100円、100円、なんでも100円!  やすい、安い!」と、ずっと歌がかかっていて、いかにも安っぽい店、安っぽくて、うさんくさいい店員、来るのは、残りの弁当をあてにして来るホームレス。

サクラは、店員に、襲われて、性的暴力を受けてしまう。

 

いっしょに暮らしていた元ボクサーの彼は、若い女と出て行ってしまう。

ショックを受けるサクラ。あの店員とは、被害者であっっただけなのに!純粋で、ウブで、可愛げのある女だった。

 

それがよっぽど、よっぽど、悔しかったのであろう。

サクラは、もうボクシングで男を見返すしか無くなっていた。

 

 負けず嫌いの女だったんだな。フフ。

 

ボコボコに、やられて、血を吐くサクラ。

ボクシングとは、恐ろしいスポーツである。「ミリオンダラーベイビー」でも、女は、寝たきりになっていたな。

 

ボクシングで、男を見返してやる。それしかなかった。

ちょっと悲しく哀れな、女心である。

 

 

百円の恋

百円の恋

 

 

 

 

 

 

人生の超難問 Q and A 著者 :ひろさちや 2016ねん

仏道に帰依しようとする、82才の著者は  もう年だからと、言いたいこといい放題のかんである。

現代のせいじのねじまがり、安倍総理への非難の矢、アメリカ、西欧諸国の原子力武器を持っている国の態度は、根底からまちがっている、など、理路整然と言い切っている。

 

個人的欲望には際限がなく、良い仕事良い趣味、金儲けなどは、己の欲望の奴隷になっているということである。

 

誰にも迷惑かけていないから、大丈夫とか、一方的な良い子ちゃん、をしたって無駄だ。誰にもなくて七癖、迷惑をかけているに違いないのからだ。

私の正義は、まちがっていないといって、相手を攻撃するのも、おかしなことだ。

どんな因果で、そうなっているのか分かったものではない。物事は巡り巡ってくるものであろうから。

たぶんそんなことを言っているのだろう。

 

 

最近は健康志向で、すぐに、医療に頼り、良いサプリを試し、エクソサイズに我を忘れて励む若者や、中高年をよく見かける。若者は、あそこまで、体を酷使する意味があるのかないのか、もともと若いというだけで、健康なものだと思うが、より、健康に、また、歳をとった時の準備とでも、思って先を見越しての運動だろうか。まさに健康欲に取り憑かれた狂気の沙汰である。

自分を見失ってしまうかもしれない。これはスッポコの意見であるが、自分も若かったら、何をしていたか、わからない、と思う。

 

欲望はさらに、新しい欲望を呼ぶらしい。厄介なものである。

これはスッポコにも言えることなので、ちょっと痛いなあ。

 

仕事にしても、勤勉が良いことだと、道徳的に教えられてきた日本人は、怠けたりすることは苦手である。日本人は、、道徳的な聞こえの良い言葉を真に受けて、仕事を、美徳と考えてしまうが、上の組織に、騙されているだけである。それは過労死にもつながる奴隷的苦役とでもいうものだ。

ま、日本人は、洗脳されているらしいしね。

 

まあ、なんというか、著者は少し、言い過ぎでもあると思う。西欧と比べて、確かに日本人は、身を粉にしている働いている。それがおかしいことだと言われても、ちょっとすでに受け入れがたいものがあるのだ。

 

何にでも歯をむき出すというのは、なんだかなあ。寛容な気持ちはどこに言ったのやら。

ひろさちやも、ちょっとなあ。

 

と思った次第である。

 

彼の最高の著書は、やはり、「阿弥陀経  現代語訳とその読み方」である。

広く大きく世界や宇宙や時間を見ている。訳もとてもすばらしい。

インド哲学を大学で学んだ実力は、無駄になっていない。

 

彼の家は、信州のお寺さんであり、父は戦地でなくなっている。

彼が、戦争や、兵器の売買のことについて詳しく、そして、文句を言っていることには、切実な理由があるのだ。

だが彼はわざと、感情を抑えてに、理屈で、悪を解説しているのだ。

 

まあ、何事も、ほどほどに、広い心で見ることが大切であろう。

 

 

 

人生の超難問 Q&A (知のトレッキング叢書)

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阿弥陀経-現代語訳とその読み方 (単行本)
 

 

 

 

 

 

 

天使に恋して 2014;年 ステファノレアル監督

ところは、イタリアに、怠惰に日々を送る、中年になりそうな男がいた。

仕事はアパート経営で、古いアパートを何個か持っていた。

女たらし、酒、喫煙、と毎日、女を探して夜の街へ出ては、ナンパをしていた。

 

ある女と出会って、恋に落ちる。一目惚れの激しい恋。だが彼女は刑事でキツイ性格だ。

 

アパートの住人たちは、借金、いじめ、ボロいアパートの老朽化に、困っていたが、家主の彼は無視していた。

この役立たずの男が、天使になるという話。

実は山の崖に落ちた女を救ったのはこの男だったが、女は知らないのだった。自分の命を捧げてでも、女を助けてほしいと神に祈った結果であった。

 

天使に恋して、はおかしな題名で、「天使の恋」とでもすべきである。

 

男の方が恋にめがくらんでいるのだが、天使という使命があって、なかなかキスもできずにいた。

さらに、天の万軍だの、神に選ばれた天使であることの、と口走る彼を、女は変人扱いして去って行く。

この世の欲望を持ってはいけない立場であった。そして、人の魂を救うというノルマが課されていた。

神様も色々細工をするのだった。不思議な力を持つようになった男は、少年や、ホームレスや、

友人を次々に助けていく。

 

だが何故か、中途半端でもあった。

 

人を助けるばかりで、自分のことでは何の得もないし、、恋も成就出来ないという損な天使になどなりたくない。もう一度人間に戻って、思いっきり、彼女と幸せになりたいと思う男であった。

 

最後は良いことをしたご褒美に、彼女と、相思相愛になれたというお話。

 

だが、天使として、シビアに、彼女や人間の欲望から切り離されて、天に登って行くという設定にして欲しかった。そうすれば、真実味や実感が出てよいし、美しく切ない天使のお話としてよい作品になったと思うけどね。

 

天使に恋して

天使に恋して

 

 

 

 

死刑台のエレベーター 1958年 ジャンヌ モロー主演 ルイ・マル監督

カララ夫人は、カララ社長の奥さんである。美しくソツのない夫人は、だが、あるハンサムな社員と不倫をしていた。

この話は筋書きが、面白いのである。何度か見たが、なぜか、筋書きを、ころっと忘れている不思議な映画だ。突拍子もない筋書き過ぎて、忘れるのである。

罪深い女を、ジャンヌモローが演じた。不倫の二人が、社長を殺す計画を立て、実行するが、その後、男は、会社のエレベーター内に閉じ込められて、一晩過ごす。

 

エレベーターから出て来た彼を、警察は問い詰めていく。別件での逮捕だから、しょうもない。

別件というのは、昨夜、彼の車を使って若いアベックが、殺人を犯したという事件だ。

その間は彼は、エレベーターに閉じ込められていたのだが。

この時のフランスの警察は、ほんとうにこわい。鋭い眼光、鋭い推理力で、この交錯した事件の謎を解くのである。

 

 

不倫の二人の犯した罪は重く、特にカララ夫人は二、三十年は監獄にいるだろうと、刑事は告げる。

美しかった夫人は、年老いた老婆のようになって、出てくるのであろうか。

二人して蜜を集める蝶のように、華やいだ甘い恋のひと時が、写真の上を流れて行く。

 

音楽は、マイルス ・デイヴィスで暗く夜の霧のような音楽が、とても決まっていた。

 

 

死刑台のエレベーター HDリマスター版 [DVD]

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マイ・ファニー・ヴァレンタイン

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