スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

1979年  ナポレオン狂  阿刀田 高  1979年

ずいぶん昔の作品を拾ったものだけど、この作家の名前はどこかで聞いたことがあったと思う。結構有名な人なんだろう。阿佐田哲也と言う人がいて この人と混同してしまい、ずいぶん苦労してやっと探し出したのである。ところで、阿刀田高と言う方はこのこのナポレオン狂で直木賞をいただいたと言う作家である。1979年のことだ。この題名がひどく面白くて、読んでみることにした。

なるほど、ナポレオンについてものすごく詳しい人たちが2人でてくる。この2人の人物はナポレオンの熱狂者である。1人は裕福な資産家の男であり、この人はナポレオンに関してのありとあらゆるものを収集しているのである。ビルまで立ててナポレオンの博物館のようなものを作ってしまった。

そしてもう1人は顔がナポレオンそっくりの人と言うのである。自分は生まれつきナポレオン生まれ変わりではないかと思い込んでおりナポレオンの恋人の夢、また戦地のロシアの夢を見ると言う。いろいろな出来事を思い出していると言う。まるで生きたナポレオンのようである。

特にこの収集家である男はナポレオンの直筆の手紙から当時のフランスの新聞から何から何まで集めているのである。これもなかなか因果なことであろう。ナポレオンに対しての集中的な気迫が何とも面白くてかなわない。そんな話である。他人は何とも思わない。ナポレオンについてのものがかれにとっては、まるで貴重なダイヤモンドのような世界に1つのような大切なものに見えるのだ。

ナポレオン博物館にはまだまだ秘密の扉があって、そこには彼だけが見ることができる。そういうものが入っていると言うらしい。作者はたまたまこの人と知り合いになり、ただフランス歴史やフランス語にくわしいというだけで、彼と友人になったらしい。フランス語を教えて欲しいと頼まれたのである。

もう1人の男は見るのも貧相な田舎者の男で背が低く、なんとなく垢抜けないのであるが、見た目がなぜか外国人のように見えて、よくよく見ればナポレオンにも見えると言う。そういう堀の深い顔立ちたちであった。子供の頃はよく外国人だと言われていじめられていたと言う。そして田舎から東京に出てきたために、この日のために、わざわざそのナポレオン博物館を訪ねて、館長に会うと言うのを望みにしていた。このこのように、お互いナポレオンの事では、譲り合うことのないほど熱心で熱中している人たちの2人が間近に出会うと言う事はとても面白いことになるに違いないと作者はもみ出をして楽しんでいたのであった。ところがなぜだかナポレオンにそっくりの男がいつまでも帰ってこないのである。どこへ行ってしまったのだろう。この2人の人物をめぐって、色々と面白おかしく書いている。まるで本当にいる人物のように思えてくるので、不思議だ。アトウダの作風はあくまでも穏やかでまろやかな味がある。彼は実際に今90歳にもなっている。そしてのびのびとそろそろと生きていくと言うやり方で、そういうエッセイをかき出したのである。妻妻を失って、一人暮らしの90歳の男。これはほんとに哀れであろう。それをダシにして彼は本を書いていく。100%完璧な生活はダメだ。のびのびとゆったりと程良いのがちょうど良いのだと言っているのである。まさにこれが阿刀田の生きる技術であろう。男性の作家で、こんなに長生きしてる人は滅多にないと思ったりする。だからこそ、そこは真似てもいいんではないだろうか。

そんなこと思いながら、まぁなかなか100%ではないけれど、ここまでかければいいとしたものかもしれないと言うしかない。もっと緻密で知的な文章書いている人はたくさんいるはずだ。しかし彼はそうではない。そしてそういう道はたどらないことを自分自身に誓っているのかもしれない。そういう道をたどると、たちまちに大きな崖に阻まれたりするものだ。緊急性のある現代の生活からは、彼の文章はすこし、道草のように見えるかもしれないのだ。