コリオレイナスを見て、何とも暗い気持ちに落ち込み、誰の味方をすれば良いのか途方に暮れてしまった。
この悲劇は、ローマの英雄が民衆らに受け入れられずに、執政官になり損なって、ローマの 地を捨てて、先ほど滅ぼしたコリオリの大将に会見を申し込み、一緒にローマを滅ぼそうとおおきなはなしをもちこむのであった。このコリオレイナスのローマへの復讐は我が母、我が妻、わが子への反逆であり、髪の毛の逆立つような、身の毛もよだつような復讐劇となって両者を巻き込んで行く。復讐を誓った者は、それ故に苦しみ、復讐された者も、それ故に攻撃を受け苦しみむのだ。今までずっとローマのために命も魂も捧げて戦って来たコリオレイナスがローマに剣を向けるのであるから、その心は如何にというものである。
母は彼が行った敵国へ出向き、我が子コリオレイナスに、力一杯の懇願をする。お前の老いた母が、こうやって頼んでいる.どうか正気に返っておくれ.ローマに復讐などと、いうことは、この母を踏み躙り殺すと同じ事だ。
お前を英雄にと育てたのもローマのためだった.そのローマを自分の命を殺すような事はやめなさい。
ひざまずく母に彼は負けてしまった.とうとう再びローマへの忠誠を思い出し、母親と抱き合い和解してしまう。その後、怒った敵は、彼を殺し、さらに、英雄として葬ったという。彼の高潔さの印に、と言って敵の大将らによって、手厚く葬られたのであった。
母親は、息子が戦いに勝つたびに、ローマのために大活躍したと言って喜び、プライドでその胸を満たすのだった.息子の栄誉は母の栄誉、敷いては全てローマのためと、正当化された言い訳も出来上がっている。彼の心も功績を上げる度にプライドが大きくなっていく。.喜ぶ母の笑顔が 何よりの心の支えと癒しになっていた。
高潔さの表現力で言えば、やはり、アテネのタイモンの方が数倍勝っている.彼を支持して彼を理解している人はやはり敵国の将軍であった。まことに彼は高潔な人間であったと独白している。わたしはこの話が忘れられない。落ちぶれて、裸同然で草の根を食べて生きるご主人様を支えて孤島にまでついて来た 執事はすごい。
タイモンは、シェークスピア最後の作品とも言われているのだが、最も切実で、現代にも通じる話だとおもう。
何もここまでこじらせなくとも、ヘロヘロとして、しゃーしゃーとして、これはどうにかしてたので、サーセンでした。俺は一抜けますわー、と言って、平民に帰れなかったのか.気楽な生き方に変えることはできなかったのであろうか.英雄たる武将であって.平民の裏表の多い二枚舌の心を嫌っていた彼。お互いにムジナのように睦み合う平民を彼は鬱陶しいと思い、軽蔑し、嫌っていたのではないか。彼は特別な存在として自分のことを思っている。だから、その嫌っていた民衆にへつらうことを決してよしとはしなかったのだ。平民は敏感に彼の心を読んでいたのかもしれない。英雄しされる彼を妬ましく思う執政官らは策略を弄して平民を煽り、コリオレイナスを貶めたのだった。カオスだらけのこのストーリーを一体誰が、抜け出すことができるのか?
母親という者は自分のためには子どもさえ、食い殺しかねないというパズルのような現実を、いったい誰がその呪文を解くことが出来るだろうか?
ただ私には、コレを文字で読むことによって、冷静になって、判断できるかもと一塁の希望を持った。本は古い訳本のほうが趣があっていいような気がする。
蜷川の演出では息をもつかぬ言葉の応戦でもありとてもついてはゆけない。
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