暴力というのはおよそ衝撃的な心であるのか.もっとも知能の弱い人間が、好むところである。私はそれを経験した。
育ちが悪いとかという問題じゃあない.その人個人の心の有り様だ.辛抱強く、人のことがわかっている人のことだ。彼らは、かなり暴力は使ってはいけないと生まれながらに悟っているかの様に思える
人間性が弱かった私は、殴れば人が倒せると、思い込んでいた.テレビのドラマの洗脳とでもいうのか。思慮がない現実味のない自分がちょこんと捨て犬の様に立っていた。私は、暴力で解決できると思っていたなんて、自分のことが恥ずかしい.結局、人間の愚かしさというものは、学歴や家柄とは全く別のところからやって来た乱暴者なのであった。知恵のある人は暴力を振わない.拳を上げないなどの特徴が見られる。すぐにカッっとなって、まさに短絡的に暴力に頼る私。私の自由を押さえつけるものに対しては大きな憤りを感じる情けない人間.そういうことをしない様に、今ではずっとおとなしくしているんだ。
彼女は何か曰く付きの家に生まれた、可哀想な子であるときいてはいたが、.それでも私よりはずっとましな人間であった.私は彼女を尊敬している.辛いのはお互いでもあったが、それでも彼女には私にはない何か変え難い貴重なものがあった.その実態は私には見えないが、多分生みの親育ての親から受け継いだものかもしれない。知識、お金家柄などでは買えないものなんだ。ーー。
元はカインとアベルに遡るのか、ユダに遡るのか、ユダが、イエスを売らなかったら、イエスは生き延びていたのか.瞬時瞬時で事は運ばれてゆき、我々にはことの真実がわからない。ーー。ま、宗教の事は、置いとこうか。