スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

猪熊玄一郎とヤナセタカシ

猪熊は、ハイソサエティぽい人なのでしょうか。四国の出身で、東京の芸術大学に入り、エリートコースで頑張る。憧れのパリに行き、ピカソや、マティス岡本太郎  藤田嗣治などと会うことが出来た。コレは大きな出会いである。およそ100年を生きる間にも彼は日本にだけでなく、パリにもう一度行くつもりで、アメリカに渡りニューヨークにたどり着いた。彼はニューヨークがすっかり気に入ってしまい、パリには行かずにニューヨークに留まることになった。街の活気は半端なく、人類の坩堝と言われる自由の街ニューヨークに芸術家の血が騒いだのだろう。20年も逗留してしまったのだ。ここで彼の画風も大きく転換していったという。絵がとても上手い彼にはアブストラクトアートになるには、とても勇気がいるというのだ。また抽象であれば、何でも良いというというものでもないだろう。

日本に帰ってからは日本とハワイとを行き来しながら暮らした晩年であった。彼の美術館も出来た。

上野駅の壁画は今も駅舎の人々を眺めている。

、彼は、三越デパートの包み紙を依頼されて、1950年に石をモチーフにして描いた。そこに、三越の文字を入れるときに、同郷四国のよしみかヤナセタカシにやらせたというのだ。おしゃれなモチーフとオシャレな文字と、この包装紙は飽きることもなく、三越の顔のようになっている。ヤナセの描いた三越の文字も可愛らしく洒落ていると思う。

ただ猪熊自身はきっといつまで経っても、何も為されていないとおもっていたのではないかな。パリで巨匠たちと会い、多分もがいていただろう。ニューヨークで自己の感覚を研ぎすまし、コレだというものを作ったと思ったのだが、やはり本物は凧のように空の上に浮かんでいて、そこには到底手が届かないもどかしさがあったかもしれない。何とかならんもんでしょうかね。