スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

NHK バタフライエフェクト  大恐慌  1929  

ウオール街でも株の大暴落は、何かの予兆があったのだろうか。まずイギリスで、株取引のある男が捕まった。イギリスは銀行の金利を上げたが、コレにアメリカが大きく反応しアメリカの銀行のお金をイギリスに移す人々が殺到したという。この頃、株の速読機械をエジソンが発表して何処もかしこもこの機械を取り入れて使う様になった。美容院などにも置かれていたという。いざとなるとこの機械は多すぎる情報を取り込めなくなった。情報量が想定外であったのだ。

エジソンが発明50周年の感謝のコメントを、アメリカ中のラジオに流していた。その二、三日後にはもう株価が急激にさがりはじめた。誰か1人の男が株を売ったという情報から始まったという。皆が一斉に売りに入ってきた。

慌ててモルガン商会は銀行で何兆円も出し合って暴落を引き止めようとしたものの、まるで天災のように株価の暴落は進み続け、民衆は持ち株を慌てて売りに出した。コレが一気に起こったために、株取引場はパニックと化したのだった。何万もの人々が押し寄せ押し寄せ、何が起こっているのかも定かではなくなった。black monday   からはじまってblack  Tuesdayという日が来たのだった。株の職員たちも恐怖に駆られ、逃げてしまったらしい。

フィッツジェラルドらは飽きるほどパーティをして飲んで踊って過ごしたのだが、それももうできなくなり、ニューヨークから出ていった。もう居場所さえ無いのだった。ブロードウェイの立役者ジークフェルドはミュージカルに大金を注ぎ込み素晴らしい肉欲的なミュージカルをやっていたが、コレもぱったり、閉館となり、彼は大きな借金の中で希望をなくして死んでいった。このように派手な景気の良さにはしゃぎまくっていた人々は全て去って行ったのだった。

株屋のケネディだけは、コレを先読みしており、早くから株を皆売ってしまっていた為、ただ1人損害がなかったという。ケネディはフロリダの土地を買い占めて一人勝ちした人物であり大きな資産をここで築いていた。そして恐慌が起きた時もひとり涼しい顔をしていた。

他の人々は破産の憂き目に会い、借金だけが残った。ホームレスに溢れたアメリカ、特にニューヨークのセントラルパークにはバラックがたちゴミを燃やして、暖をとるフーバー村ができた。皮肉にもフーバー大統領の時代であったからだ。ルーズベルト時代になって、大金持ちのケネディが側近に立ち大統領、アメリカを支えるという皮肉な政党ができた。ケネディはとにかく抜け目のない男で悪巧みのうちにいつの間にか抱えきれぬほどの金を持ち、エンパイアステートビルを作ったで男であった。世界一の高さを誇る摩天楼であった。そこの最上階に上がってニューヨークを見晴らした晩年のフィッツジェラルドは、何故、このようなことになったのかと大きなため息を漏らす。わたしは人々を幸せにしようとできるだけのことをしてきた。そして今は私は無用のものとなった。不当にも。私は多くの努力を人々のために善意で捧げたが、結果がこんな事であったとは。

そして皆が競って夢見たニューヨークの街は世界の中心なんかではなくて、実は緑の森に囲まれた小さな街でしかなかったことをここで

知ったのだ。と記した。エンパイアビルの最上階にて。

彼はパリピであったが、後輩の作家ヘミングウェイに、親切にも作家の道案内をしてやり、以後ヘミングウェイは作家として認められるようになったという。

イギリスのチャーチルは急遽アメリカに来て助言をしようかとおもったのであろうが、多くの取り乱した人々を見て、彼は驚き憐れんだという。