高度成長もヤット山場を越して、爛熟した文化があちこちで見られた。私はとっくに二十歳はすぎていたが、この映画は自分のことのように思えたのである。とても話題になりブレイクして、週刊誌をはじめ、テレビの取材も賑やかだった。芸能人の実話とあって、皆が押し合いやって来た。
書いたのは穂積という中年の俳優だった。これを新藤兼人が脚本にした。新藤は自分の映画で「19歳」という危うい年頃の青年の映画をとっている。これはかなり衝撃的な内容だった。
父親穂積役はは、藤田まこと、母役は石田あゆみ、と言ったところだ。我が娘に翻弄される家庭をえがいている。娘のユウコはまだ中学生なのだ.夜の街を彷徨うようになり、ある暴走族の男と付き合い始めたが、捨てられてしまう。ユウコはシンナーを吸うようになる。病
このような状態でなす術もない親の前に、ある臨床心理士の男が指導に入る。この男は信用しても良いと思える男であった。
男の与えたマニュアルを両親は必死で守り抜く。そのために娘とは大乱闘となるが、ここで負けたら娘は元に戻らないと、必死の形相で闘う石田あゆみ。憎いからではない.大切な娘を守るための試練の荒業なのだ。
夫婦の愛は冷えきり、夫はよそに女もいた。いくら正義を言っていても、子供の目は騙せぬものだ。この夫婦は、妻もとても綺麗なので、多分元女優じゃなかったのかなあと思わせるところもあるが石田あゆみが自然な演技で、ソレなりに上手かった。家の中はグチャグチャにされ、ナイフなど持って来て金を出せと迫るのだった.死んでもお金は渡さない、ソレが母親にできるただ一つのことであった。「更生」というより先にユウコは自己のアイデンティを見つけられなくて、自失呆然としていた。自分を求めて、すべてのエネルギーが集まり噴き上がったのだ。最も大切な自己は彼女が生きてゆくためにはどうしても必要なものだったのだ。
どこか広いところで、たくさんのバイクが集まっていた.ユウコは呼び出しを受けて、そこまでやって来ていた。父親も知らせを受けて、同じ場所へ着いた。多くの暴走族に囲まれて蹴りを入れられる父親と娘。
動けなくなって這いずってお互いを認めた。パラリラパラリラと爆音を響かせて族が帰って行った後,
初めて世が明けたようだった。 族の映像が上手いなあと思った。まさか本物の暴走族じゃないだろうけど。
後記/ あの頃の穂積は本が爆売れして、お金が入って行った。自分の家の事をテレビでも話し、視聴率も高かった。週刊誌は、おどろおどろしく真実だとして積木くずしの真相を次々と載せた.これも話題をさらって皆に読まれた。
長く激しい親子戦争は肉を削り骨を砕くほどの激烈なものであっただろう.今は穂積も、その娘も母ももうこの世には居ない。
一種の暴露本でもあるこの本は多くの影響を残した。
