スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

ゲーテはすべてを言った  芥川賞受賞作品  作者/鈴木結生

まだ若い学生さんらしいが、一番に称賛すべきは、この題名であろう。これだけでもう十分ではなかろうか.迷った末に遂に買ったのだが、読もうと努力はしたのだが、何か、堅苦しいものがありコナレの悪さに苦労した。強くあれ、幸せであれ  Be strong   live happy、and love,but first of all  Him whom to love is

to obey,and keep His great command .-  John Milton  

 Him  とは神のことである.荘厳な日本語訳語を「ネット」で見ることが出来た.プラトンの言葉やらもひょこひょこ顔を出す.作者はクリスチャンであり、牧師の家に生まれている。当然とも言うべき流れである。

ゲーテ神との対話も必須にしており、ゆえにファウストなども創作されてきたのである.キリスト教国ではない我々であっても、ゲーテの言わんとしているものは理解できるし、広々としたゲーテの胸を借りて寄りかかる時、申し訳なく思うのは私だけではないだろう…。高級な店で、高級なお料理、コレは必要なものだろうか.作者の皮肉であろうか。

ただ作中のアカデミックな、教授家族の中では当たり前の言葉でも、一般の家では考えられない薄気味悪い専門用語が連なり、肩が凝ってくるのがつらかった。

もちろんこれだけのものを書こうとするのは、大変な度量がいることだろうとは想像されるものの、ゲーテを愛する一個人としては、ゲーテの作品の真髄からかけ離れているのでは、と心配になる。鈴木はまだ若いのだが、このようなわかい世代の人がゲーテについてのテーマを展開するという事に我々は驚き、また感謝も送りたくなると言うのも本当の気持ちである.過去の世界とより強く繋がっている高齢者たちは質の良い古い文化が否定され打ち捨てられているような心細さをどこに向ければ良いか分からずにいたのである。そこへ、この様な作品が取り上げられた事によりちょっとだけ一息つけた気もする.だが、現代の追いあげの風は強く、炎の様にゴーゴーと過去の物を燃やし続けておりどこへ避難すれば良いのか分からずじまいと言う訳である。これはただの懸念かも知れぬが。

もちろんファウストは印象深い作品であろうが、私はなぜか真面目に読むこともできず、悶々としている.勉学研究を深めたファウスト博士は、ある日、自分の変わり映えのしないことに自ら気づき、唖然とするのだ。医学から哲学、あらゆることに才能を奮った高名な教授、市民からも尊敬される老教授のファウストはどこかしらこの小説に出てくる教授と地続きのように見えるのは成功であろう。統一という教授を中心に話は進む。

ゲーテの翻訳については、教授より上をいく者はおらず、ドイツに留学して苦労して学んだことは彼を大きく成長させたのだった.ただ、それがどうしたの ということにもなってしまうのは、小説の形になっていないからではないだろうか。なぜこういうことになってしまったのか、構成に穴が空いているためか。

最後に温和な農夫の棲む丘の小屋はもちろん、古い菩提樹を切ってしまったことで、ファウストの世界は一斉に崩れてしまった?実際に後半は読んでいないのでファウストのことがよく分からないすっぽこである。

ふむふむ、ただ「言った」の主人公はこのような場面で、ドイツ語原典の忠実に寄り添い、ゲーテの生き生きした文章を、私たちに明示してくれるのは有り難かった。忘れられた過去の巨匠、芥川龍之介も絶賛する巨匠ゲーテは鈴木のこの作品によってまたこの世界に帰ってきたのだろうか。

悪魔にそそのかされて、悪魔の手先になってしまった賢者ファウスト、人間の心とはこんなにも弱く、あと先のわからぬものなのだろうか。

過去の手作りの文化は、ネットやらの発達によって駆逐され続けているのだが、こんな状態で、一体どう言うものが作って行けるのかは疑問だ。