スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

NHK スペシャル  8000メートル全座登頂 写真家 石川直樹の記録

石川直樹ははじめは世界放浪の旅に出ていたのだったが、出会ったものを記録し残すためにも、写真を撮ろうと思ったのだそうだ。

私が惹かれたのは、登山がまさに、悟りに至るための苦行の様に思えたからだ。もう一つは、空気の薄い数千メートルというところで、テントを張り一晩過ごす、「辛い一晩になりそうだ」という言葉がか細い声でで本当に辛そうであった。彼の 気持ちや言葉には虚偽が感じられず、ただ生きることという存在だけを感じるきがした。インドとかの場所も関係しているせいか、何故だか修行という言葉がピッタリな気がした。

ヒマラヤという場所に移住してきて定着した民族は山のことをよくよく知っていてシェルパという、必ず登頂者の道案内として、先に立って雪の中に道を作ってくれる者たちである.石川にもシェルパとして一人の若者を雇っていた.二人はなぜかウマがあった。強い信頼感で繋がれていなければ、即ち「死」を意味する。8800メートル級の山々が連なるヒマラヤは死の山と呼んでも差し支えないほど危険に満ち満ちたところである。強風と雪崩は恐ろしいものだが、逆にこれが大自然の力なのかと人間たちは自分たちを超えた何ものかを感じ取るのであろう。

酸素が薄いことは、辛いことだ.私は心臓が悪かった時、息苦しさにいつも耐えていたことを思い出して、

高い山での薄い酸素は、心臓病などの怖い病気を思い出してしまう。耐えるにも限界があった。

山では多くの人々が頂上を目の前にして突然の雪崩などにより命を落とすという。当時は、誰がいち早く頂上につくかという様な俗な競争が流行っていて、麓でお清めやお祈りも省いて多くの登山者がのしのしと上がっていくずさんな登山が行われていた時期があったという。石川もなんの前触れもない様な頂上付近でで、四人がまるで狙い撃ちされたかの様に雪崩で亡くなるのを目撃していた.それについては言葉が出て来ない石川、ただ不思議な気、 変な気もちになったとだけ、ポツリといった。山は人間の運命も宿命も何もかもを飲み込んでしまったのだ。

最後には最も信頼していたシェルパを失い 大きなショックを受ける。彼の家族が住む小さな村を訪ねた。彼の民族は大抵登山の者のシェルパとして働きそれを生業としているという。寒さに強く雪山でも方向感覚に優れ、早く登れる彼らはそこに生まれ住み着いた者たちの特別な能力を持っているのだ。

まるで修行の様に自己をとことん追い詰めて登り詰めようとする石川の挑戦は平坦なところを好む我々にも不思議な感動を与えてくれるものであった。

世代や社会というものは不思議なものだ.現代人はもう何もないところでは暮らせない。だが一方で、セカセカとショッピングに出掛けてはあれこれ迷いながら、食品を買い、衣類なども買い、ゴテゴテと着飾って

生きている。 便利だからと言って購入した流行の物たちに逆に支配され脅迫されながら、その無駄な努力で多くの時間を失い失望の中で暮らしているのだ。軟弱すぎる私達はよく効く薬もない、コンビニもない場所で病気や飢餓とどうやって戦うのか、多分逃げ帰ってしまうことだろう。

石川の求めるものと現代の世代が経験している人生とは、余りにも正反対でありすぎている。

ところが 最初からそういう場所で生まれ育ったのならば、そういうものだと思いこみ生きて行けるものだ。それは短い人生となるやもしれないが。