スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

曜変天目茶碗  

曜変というのは輝いて変わってゆく様子でしょうかー「曜日」ヨウビとう語彙からしても、区切られたもののような気がしていたのですが、模様が一個一個縁取られ、その色合いがより強調される。以前私は曜白朝顔という、白い区切りをつけた赤や青の朝顔を育てていたーとても綺麗だったが、惜しいかな大輪ではなかったー読み方はヨウジロと読むらしい。このことから曜とは区切ることかと思っていたが、黒曜石の例の如く耀くことであったらしい。f:id:dekochanya:20240716215459j:image

日本に来た中国人の陶芸家は、日本にのみ残っているこの焼き物と出会い、中国から土を運び込み昼夜研究に余念がない。瑠璃色のような不思議な輝きを放つ、この茶碗はまるで宝石のようにも見える。

南宋時代の12ー13世紀に作られた茶碗で、その変わった色合いが不吉であるとされることもあり、嫌われたのか。中国の物が日本に運び込まれて以来、大切に保管されてきて、「国宝」になっている。

日本人の美の探求というか本物を見る目は凄かったんだなと今更ながら驚かされる。写真を見て、私はどうかなと思うが、やはり色の深さが他の茶碗とは違うような気がする。このような色なら現代ではAIで見慣れていると言えば言えるのであるが。

 

テレビでも、お宝鑑定団で2500万円の値がついたが、偽物ではないかと言われ、科学的な検証まで行った結果、ニセモノと判定。日本に三枚しかない宋時代の皿が、ヒョイヒョイそこらにあるはずもない。詳しい方が実際に見にいったところ、模様など似ているものの、やはりに偽物って思ったそうだ。偽物と本物の差は何処にあるのか?美術品というものの真偽は、その人自身の審美眼と魂の質を試すようなそういう鋭い勝負になることがおおい。

f:id:dekochanya:20240716153844j:image   荒木村重にしても、どうしても信長に茶道の茶碗をわたすまいと抵抗し、一個の茶碗のために

首を切られてでも、渡さないと主張し、城を攻められた後には、村重は逃げて、茶碗の影も形も残っていなかったという。

村重は茶碗などの一流の目利きであったと見えて、信長なき後に、堺で茶人として復活をしたという。

 名前は「高麗茶碗」であり、笑ってしまう。命がけで守った茶碗は、村重が亡くなった後は、利休の手を経て、家康の元に行き、大切にされてきたことを物語るものである。

f:id:dekochanya:20240716214715j:image この茶碗が、村重が命に変えても守った物だが唐草模様というものが、この頃珍しくとても貴重な物だったのかなとかと勝手に想いを馳せている。