スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

ボーは恐れている  アトキン  フェニックス主演  アリ アスター監督

不気味で不可解な映画を撮ろうと試みているアスター監督ー暴力的で心理戦で、しかも醜い現実の姿。

これらを合わせてごった混ぜにしてっ、こんなのどうですかと出される映画。思うに、これらは皆現代人の心の中で育って行ったモンスターである。怒り 妬み  疑惑など人々は容易に思いつき、行動にしてゆくので、いつまで経っても、この街は治安の悪い暴力的な街であった。ボーが住んでいるのはそんな恐怖に満ちた街なのであった。それだけでも、もう十分なのに、次々と怖い事件が起こって怪我をして逃げ惑い、道に迷い込むボーであったーこれは夢なのかと思わせるようなオカルティックな情景。

これらのものは自己の中に内蔵された現代の悪、恐怖、暴力、嘘、色々なものが一緒になって、怖い映画になっている。淡々と狂気に渦巻く街を映し出す手腕は、この監督の狙った通りであり、記憶に残りやすく、特別なエモーションもなく迫ってくる。フェニックス自体は時々、全裸になるが、全裸になって街に出て逃げることで、いかに彼がせっぱ詰まって必死であるかということの表現にはなっている。だが本当に必要なシーンだとは思えない。ボーは弱く、助っ人もなく、信頼できる人もいない、特別の才能もない 、美しくもない平凡な男なのである。それだけでも観客は彼を助けてあげたい気持ちになる。彼自体は実に弱いので全然怖くないのだが、不条理だろうと構えてみると、何だって不条理に見えるのだからキリがない。

ボーというのは名字らしい。  結局、急いでザッと観ただけでバカなお金を使ってしまった。

だがまあ、ボヤキはよそうか。現代の恐怖というのは知らぬ間に身近で起こり得るものである。原因と結果の明らかな根拠がなく、突発的に起こりうるものであるというものだ。夢想に近くだがそれは現実であるのだ。「君の恐怖には根拠が無い」というのは困っているボーにはあまりにも冷たい言葉ではある。

さてこのボーさんだが、生真面目な性格を軸にして、ハレンチな絶望的な戦いを余儀なくされる。最後の最後まで彼は幻覚とも言えるような夢の国で、戦い抜く運命にあった、まるで戦士のようである。絶望が次々と襲ってきて神はどこにもいないと思われるような作品。

そう人生とは戦いだ、ただ耐えていくことだけが人生だと思い知らされる、と共に、やはり、ホアキンの無垢で無力な少年のようなキャラクターが不気味な事象がある中でも唯一壊れることがなく、より印象付けられたように思う。