沼を護る土神様は、いつも泥だらけの、きったない格好をして、自分のほこらから出てくるのだが、
実は美しい樺(カバ)の木に恋心を抱いていた。すっくと立った美しい木には、綺麗な葉がわんさかとなびいていた。
ところがキツネが仕立てのよい背広や、赤い革靴という格好でやって来て、この樺の木に仕切りに誘惑をかけている。
手には、ハイネの詩集を持って、次には、望遠鏡も持ってくるから、星を一緒に見ようとこのカバの木に、巧みに言い寄っていた。
土神は汚れた髪を振り回しながら黒い足をガンガン踏んで、怒っていた。
あのキツネなどニセモノのの詐欺師だと、木に言おうと思うのだが、神様という自分の身分を思うと、そんな人を誹るようなことを言うのは実にみっともないことだと思い、いつも黙ってしまうのだった。
月日がたって、神は少しは自分の心を静める事ができたと思った。もうキツネなど何とも思わないぞ!明るく、こんにちわ、とあいさつしよう。
だがある日またキツネが樺の木のそばに居たのだった。赤いキュキュとなる革靴が見えた。望遠鏡を西洋に注文したが未だ着かないのだと弁解をしていた。
土神の顔が急に真っ黒けに変化して、キツネを掴んで投げ倒し力いっぱいに踏ん付けた。そのためキツネは死んだ。
狐のレインコートから出て来たのはただの草のカモガヤ2本だけだった。キツネは本当は貧乏だったのだが、精一杯の見栄を張っていたらしい。
土神は張り裂けるような声で、大泣きして叫んだ。しかしキツネはぐにゃりとして死んでいて、生き返ることなど無いのだった。
ps:未だ読んでいなかったケンジの作品でしたが、恋もあり、なかなかに複雑で、怖すぎる話ですね。
土神を怒らせると、もう、恐ろしいんですね。
いや、誰であれ、
自分の欲望を達成しようと思い込んでしまった場合には、この土神のように、他者をも殺してしまうと言うことだと思います。
そしてその欲望が、自分に向かった時、ワーワー泣いても、泣いてももう取り返しがつかないのですね。
そう思って真っ黒な姿の土神のことが自分のように思えて、怖いなあと思えるひとつの作品であった。