オーウェンは生まれた時は普通の子だった。パパ、ママといっては、楽しく遊ぶ幼児であった。
2才、3さいになると、突然言葉を喋らなくなり、行動も変わってきた。また夜に全く寝なくなってしまった。時どき、聞くことのあるキーキー言う声は、何か言おうとして言葉がしゃべれず、キー!となるのだろう。彼らにも喋る権利はある。
両親は医者に連れて行ったりの大騒ぎしたが、何もつかめず、ただ、自閉症との診断だった。
彼はディズニーのアニメがとても好きで、キャラクターの物真似をしているのを親は聞きつけた。
ハッキリではなかったが、アニメのキャラクターになって話しかけると、返答があるのだった。
アニメの中で生きるオーウェン。これがきっかけになって、語彙は増えてゆく。
学校ではディズニークラブを主催し、ゲスト(声優)も呼んで懇談している。ここまでに成長した事は驚異でもある。
ご両親(この映画はノンフィクション型)の忍耐と努力は続いた。
自閉症と一口に行っても、個人個人が違う症状に悩んでいる。なぜって、彼らには、脈々とした感情は生きていて、悲しい苦しいうれしいなどの気持ちで生きている。またアルツハイマーの無表情の人の心の内部でも感情はうごめいているのだ。
自閉症は、ほぼ総括されたとは言え、分別が難しくなかなかに個別性もあり、とても捉えにくい性質を持つのだ。
対処とか処方も既に出来上がっているのだろうが、一括りにできない何かがそこには残る。
それがなにかも解らないでいる。
コミュニケーション、社会性、これらのことが彼らにはできない状態にある。彼らは、それを自分でわかっているのだが、出来ないのだ。そこには絶望的な哀しみがある。毎日それを噛み締めて、生きてゆこうとしていることは、まるで悪路の山道を歩いているようなものだろう。
スッポコは広汎性自閉症という項を読んでみた。仕事をしろ、社会を身につけろ、これらの事は彼らには逆効果だと書いてあった。
まあ、そうだろうとも。問題はリラックスさせて、解決してゆくという姿勢が重要なのだろうとおもう。自閉症に限らず全ての奇異な行動パターンにはこの手で行くのが良いのではないだろうか。
彼らはとても緊張しており、テンションが高い。自分以外の外の世界に馴染めず、そんな情けない自分を必死に守ろうとしている。
高額な特殊学校にも入れたがいじめられて退学。彼はどこに行ったら良いのだろうか。
支援学校が決まり、そこで頑張ることになったオーウェン。高校まで行って卒業した。
彼ははしゃべれるうようになっていた。彼は卒業後、支援付きの一人暮らしアパートと、映画館での仕事をゲットできた。ゲットした、自分のものであるという感覚が、かれを少しずつ成長させているように見えた。
オーウェンの両親も、タレントのようにハンサムかつ知的な兄は健常人に見えた。だが、本当にそうだろうか。兄の優秀さは、オーウェンと比較もできないほどのもので、勢い、弟の分もがんばると、やばいと思う。そこまで疑うのは失礼だが、生まれた家、環境と言うものも大きく左右される。そう考えたくなるのは無理もないが、スッポコはたとえ環境が違っても、豆の木にはマメ、きゅうりにはキュウリ
がぶら下がるものだと思う。