スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

ペストの記憶  ダニエル・デフォー  1722年

ロビンソンクルーソー(1719年)

の作者のデフォー、この人は1655年に生まれているんだが、ロンドンではこのときはもう、ペストも終焉になっていく途中だった。きっと彼は幼い時に見たものや、誰彼に訊いたことを、まとめていったのだろう。

ヨーロッパのどこの国かで、イタリアかしら、ペストが出た。それは、どんどん広がって行った。荷物から、衣服から、食べ物から、家の木材から、犬猫のペット、豚牛の家畜から。ありとあらゆるものであった。

その恐怖は、計り知れない。家からでないといっても、食料など、必要なものを買いに出かけると、街中が死人の山、苦しみに耐えられない呻き声、死の叫びなどで充満したロンドンの街であった。

ただ、実際に見たわけでは無く、生き残った老人などから訊いたことも多いのでは。

首、脇、股に、頑固なできものができ、塊には膿が入っていて、とっても痛い。それを切ってうみを出すと治ることもあったが、気絶して絶命するものも多かった。

手術中の苦しみ痛さに、我慢できずに逃げ出す者はあたり構わず、菌を撒き散らすのである。

死者は増えるばかりで、死人数の会報が毎週、出版された。地区と、死人の人数とだ。

 

その中でも、特に元気な者が、菌のキャリアーになって、多くの人にペストを感染させていく。自分にも自覚がなく、ひたすら元気で、陽気でもある。コレが一番感染の元凶になり、気がついた時には、大変多くの人を感染させており、本人も呆気なく倒れて突然に死に、その時には身体中に、黒い出来物が現れているのだった。

体に出た黒斑を上品ない服で隠し手袋で隠し、外出する人々もいた。

うつされた人は数限りない。

こいういとこ、今日のコロナ感染によく似ているではありませんか。

 

まだまだ動ける老人の大声での会話、よくわからん遊びの集会、意味不明。

疲れを知らない若者の動向は、田舎に住む私には全くわからないが、県や国の片手落ちの政策のせいで、

余計に感染増えている気がする「田舎住い」である。

 

コレがペストであったなら、本当に、皆がコロナの時のように出歩くであろうか。

まず、出歩かない、国はストップ、破滅ということにでもなるだろう。もう、補助金などのさわぎではないかもしれない。

ましてよくわからないグローバル化とかいっている知的な者らが、知的ぶって優越感のために怖い病気を呼び込むのではないか。世界を切り開き、お金を儲ける為に、悪の道に染まったコースを走り切ろうとしている、とおもえる。

いつまで経っても、地球が破滅するまで、辞めることがないのだったら、それは自分たちも死ぬんだから責任とらんでもいいやんと、本当に思っているのだろうか。オジサン!、いや、オバサン!

 

頭くるけど、みんな黙りこくってなされるがままに流されている。

 

ある日、友人の医者が主人公の元を尋ねてきた。「もうペストは終わるんだよ」信じられないこの言葉、今週は死人が一番多く出た週なのに!何を言っているのか。

 

だが、コレは本当であった。病に伏していた者が起き上がり、、熱がさめてきたり、おできの膿が

出て治る人が続出し始めたのだ。

ロンドン中の人々の顔が希望に輝いた。そして余りにも多くの犠牲者を出したが、神のみぞ知るというような、このペストの終焉に、皆が

神に感謝を捧げたのであった。

 

 

 

ペスト (中公文庫)

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