スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

いじめとひきこもりの人類史  : 佐藤信重著  2020年  新潮新書

うむ、コレはなんだろう。人類史とあるが、どちらかと言えば古典史ではないの?

まずは、縄文時代から始まって、人間はこんな時代から群れて暮らす動物だったようだ。

そうなると自然と、一つのグループは異分子を排除するようになっていった。

鎌倉時代とかになってくるにつれて、この傾向は強くなり、家督も継げなくなった弱いものは、家を出て放浪者となった。

この例が、鴨長明良寛吉田兼好芭蕉などがあり、いずれも文学へと傾倒して歌などを読み、食い繋いだのであった。

以下は、古典史の様に、家も傾いた彼らの生まれはどうとか、生き方はどうとか、結構詳しく、おもしろく読んだ。

京都御所から下った下鴨神社の神主(禰宜)で、強い力を持つ神社だったのだろうが、色んなえげつない事があって追い出されて以来、ずっと彷徨い、我が身の不運に振り回された。

とうとう拗ねた鴨長明は、いおりを作って、一人で住むことに。思えば世の中の移ろいは無常であった。

無常を極めた長明は方丈記に懸けたとでもいうのか。長明はしかし最後まで、神社の子孫としての矜持を失わなかったのではないかと思われる。時として源実朝の歌の先生をしたり、御所にも呼ばれたりもしたことである。歴史ある由緒正しい下鴨神社とあらば、さすがに長明も、苦しんだであろう。

 

良寛さんは、豊かな商家のうまれだったが、まったく商才がなく失敗ばかりして、家を傾かせたのか、とうとうある坊さんに付いて自ら家を出て、死ぬまで帰郷しなかった。山の中腹にいおりを持ち、村の人たちから食べ物をもらう托鉢で暮らした。良寛の場合本気で故郷を捨てているので本気度がちがっている。

托鉢をしているうちに、色々考える事があったに違いない。そこで成長を果たしたのであろう。

 

この様な著名な人が紹介されており、人類史とはどことなくかけ離れた内容になって行く。アレレ?これを順に書いてゆく私も同罪か。

吉田兼好は立派なフィクサーであり、世捨て人とは趣が違う。影の様に動くフィクサー兼好法師

薄気味悪い存在である。

 

まあ、この世のしがらみに縛られて泣くよりも、世を捨てて身軽になれば、拾う船もあらんやと言うことが分かった。

元から自分の持ち物などないのだ。ないものを欲しがって苦しむなんておかしいんじゃないの。

 

いじめとひきこもりの人類史 (新潮新書)

いじめとひきこもりの人類史 (新潮新書)

  • 作者:正高 信男
  • 発売日: 2020/10/17
  • メディア: 新書