スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

愛と死を見つめて  1964年  斎藤武市監督  吉永小百合主演

吉永の映画の中でも抜きん出て、面白い作品かと思う。世の中もやっと安定してきたが1964年といえば、学歴時代、また高度成長の真只中であった。だが、何処かしら不穏な気持ちがして、落ち着いて暮らせない気がする時代であった。プレマチュアな時代だった。

その頃にできた悲劇中の悲劇であっだが、時代の背景のために、嘘っぽくまた浮いたように感じる作品だ。本来ならば、もう少し価値があるはずの作品だった。

大学生になって夢がいっぱいの道子は、ある日ふと気づくと目の周りにおできができた。治らないので病院に行くと入院しなさいと言われてしまった。これは実は悪性の難病であった。

吉永には知らせてはいけない話であった。

 

目が腐ってきたので手術で取り除き視力もなくなった空洞の目に包帯でぐるぐる巻きにされてしまった。

次には頬など顔全体が崩れてきた。病気が悪化して行った。そのたびに度重なる手術を行い何とか命だけは保てるようにと両親は願った。

呪われたじぶんの肉体、自分がそのような病魔に犯された場合、逆らうことができない、だれも抜け出すことができないのだ。

 

浜田はそういう吉永を気遣ったり同情したり一緒に苦しみ抜くのだった。面会に来てもほとんど会えない日が続いた。吉永は徐々に顔がなくなっていき、そのような自分に浜田と言う若い健康な男性が面会に来るということが大きな負担になっていた。

会うことができないどうしても。そう思うのであった。

 

だがもう彼女には時間が残っていなかった。窓の外には元気な子供たちや同年輩の娘たちが嬉々として通学しているのだった。

それを見る父親の悲しみはいくばくであったろうか。父親には笠智衆が抜擢され、父親の悲しみを背中で表していた。母親には原恵子があたり、苦しむわが娘に必死になって寄り添うものだった。

男性の患者仲間として、宇野重吉も出演、生前は仲良しの患者同士。死後の病室で、宇野は、わしが死ねばよかったのにと、男泣きして叫ぶのだった。

 

 

そして苦しい闘病の甲斐もなく吉永の若い命は儚くも散ってしまった。

道子と誠の物語として歌もできて有名になった。ミコとマコという呼び合う2人だった。