山本兵吉という、伝説のマタギが、北海道にいた。北西にある留萌の方角にサンケベツという集落があり、森の奥の開拓村であった。そこは特に、六線沢村(ろくせんざわむら)と言った。
マタギが、偶然、この辺りの狩猟に来ていたとき、この村の惨劇を耳にした。
恐ろしい巨大なヒグマが、朝から夜から住人を食い荒らし、もうすでに7人が殺されて、食われていて、誰も止められず、被害はまだ続くだろう。と。
鉄砲隊が村をパトロールしたが、この熊を止めることができなかった。熊はどういうわけか、にんげんの仕掛けた網をくぐって逃げてしまうのだった。鉄砲で撃ったが、誰も命中しなかった。
とうとう北海道の警察隊が270人もこの村に集結し、若者らも加わって、熊退治が行われたのだが、
神出鬼没のヒグマはどこにも見当たらないという具合であった。
その時、マタギ山本は一人で目当ての山に登り、頂上まで来た。
熊はそこに逃げていると、ふんだのだ。マタギの経験と勘は、当たっていた。
クマの行動を熟知している彼であった。彼は一人で、ヒグマを射止めた。
クマの体は脂肪が深く厚いので、なかなか致命傷に至らない。
狙うのは心臓と、脳天だ。
だが頭も、クマの頭は流線型で、恐竜の様な形であり、とても狙いにくい形なのだ。
タマは 流れて頭上を通り過ぎてしまうからだ。
しかし、山本は、木にもたれるようにして、熊を確実に狙ったのだった。
確実に心臓と、頭を打ったのだ。
人間を食い殺していたヒグマは遂に倒された。
村人は安心し、喜んだ。祝賀会の夜、皆で酒を飲んだ.
もちろん山本兵吉に対しての感謝会である。
幾らかの謝礼が手渡された。その時、
「こんな はした金が、受けとれるかあ!?」そう言って、天井に、銃を2発撃ち放った山本であった。
激しいマタギの性格がそのままに表わされた瞬間であった。
彼には、高い矜持があったのであろうか。たゆまぬ実践と努力、鍛錬、こういうものが、彼を伝説のマタギ足らしめているのだ。
なぜなら、彼でなければ、この殺人クマは仕留められなかったということになるからである。
ワテなら、殺人熊を殺した礼金は、700万円以上と思う。
熊を仕留めた英雄として、その名は北海道中に轟き、彼も得意の絶頂にあったことだろう。
その後は、サンケベツに住み好物の酒を飲んでは喧嘩したり暴れたりしてちょっと困った存在になっていった。だがなぜか、長生きした。その後も猟をして暮らしたという。鳥や、リスなどの小動物は、ただの一発でせしめていた。
この一風変わった帽子は、ロシアと戦った時の戦利品であったそうな。ロシアの銃も彼の持ち物であった。
お上から、多分上等の制服が送られたが、彼は一切着ることはなかった。