リルケのわかいときに、おそらく二十代前半に書かれたものである。23歳ぐらい?
本人の伝記のように符合した小品である。
18歳のエーヴァルトは、家を出て、独立しようと試みるのであるが、彼の家は、名家であり、父親は社会的な有名人の人徳者であり、位もあり、お金もあった。
何を好き好んで、一人ぼっちの、ホームレスのような生活を選ぶのか、家族や親戚からは理解されないのだった。
毎週日曜日は、親戚のおばさんの家で、食事をし、トランプなどをして遊んで帰るという義務のようなお決まりの儀式があった。
身なりも綺麗にして、きちんとしたものを着込んで、父と一緒に、おばさんのところへのお出かけであった。
父は、彼が、年金も出ない不安定な職につくことを嫌がっている。
しかしエーヴァルトの、その決心は誰にももう動かせないものであったのだ。
その辛い現実を、知りながら、また立派な父を愛しながら、自分は別れてゆくということである。
エーヴァルトはすでに駆け出しの詩人ということで、世間に既に知られていたようだ。
だから決心もついた。
一人で、見知らぬ街について、下宿を探し始めるエーヴァルト。
ある一件の小さな朝食付きの下宿に決めて住み込んだ。
そこで、芸術家の仲間と出会い、仲良くしてもらうのだが、結局なじめず、また孤独になってしまう。
近づいてきた芸術家は、どうも俗人らしかった。エーヴァルトは、自分の潔癖な心と身を守ろうとするあまり、知人をも失ってゆくのだった。
「僕は学校時代も、周囲と馴染めずずいぶん苦しんだのだった。いつもひとりぼっちのようだった。
こんな気持ちが、居心地悪さが、あなたに、わかりますか。僕はいつも一人ぼっちだったのです。」
と告白する。
そんなエーヴァルト 、すなわちリルケだった。
芸術家の俗人がバカにしていたのは、ある目立たないただの男であった。
その男の下宿を訪ねたリルケは、男の生活ぶりを見て、彼の顔を見て少しだけ話をしてあとは口ごもり、ただ泣きだしてしまう。男はそれを見て、君はもう、お帰りなさい。もう夜も遅いですよ。と促す。エーヴァルトは、その男に何を見たのか。「私は、ただこの世界を見ている。美しいものも知っているが、お金がなく得ることはできない。」男は、書き物があるから、エーヴァルトにもう帰りなさいというのだった。
解釈は自由だが、自分と重ねあって、このような人がいることに安心したり、いろいろ人生のことを聞いたりしたかったのではないだろうか。
男の下宿は、窓ほどにしか見えぬような小さな場所で、階段の上にあった。
彼も自分も、数冊の本とカバンを持ってこの世界を旅して漂っているのだ。
奇妙な興奮のあと、エーヴァルトは急な熱に襲われた。
下宿で寝込んだリルケの体は、散々な苦しみで痛んだ。
だが、若いエーヴァルトは、回復し、急に人恋しくなるのだった。
そんな時に限って、誰も訪ねてこなかった。俗人の芸術家でさえ、懐かしく思えた。
彼は孤独であった。手紙をあちこちに出して見たが、だれも返事をよこさない。
流石に不安になり、結局、母親に手紙を書く。
長い長い手紙。 だがその手紙は出されることはなかった。
若く苦悩するリルケの姿が みじかな友人のように描かれたリルケらしい作品であった。
久々にリルケを読んだのだが、説明し難い感覚の連続という感じが、独特なのだ。
以後、マルテの手記に続くようになっていくのが、よくわかる作品である。
新潮世界文学 32 リルケ (32)マルテの手記・神さまの話・エーヴァルト・トラギー・美術論・小品・詩
- 作者: リルケ,大山定一
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1971/09
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログを見る