スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

ニューヨークの王様 1957年 チャップリン主演 監督

チャップリン最後の映画らしい。アメリカで名作を作っていたが、老体になって、だんだんとアメリカの生活が体にあわなくなっていったのであろう。故郷の国イギリスに帰ってしばらく休んだ後で、手がけた映画である。

 この頃のアメリカは共産主義を駆除する運動がヒートアップしていた。共産主義者であれば、どんな人間であれ裁判にかけられ有罪となっていくのであった。このような非人道的なアメリカの行いを見て、チャップリンはつくづく嫌になっていたのであろう。

特にチャップリン人間性に基づく美しい映画を作ってきた人ではある。だからして余計にこういうことが耐えられなかったのであろう。

このニューヨークの王様ではそういうところが強調されて作られている。

ある小学生の少年がいてこの子の両親は二人とも共産主義者であった。そして赤狩りの警察に追い詰められていた。少年はこの両親の事をとても心配していた。両親がつかまって監獄に入れられてしまうのではないかと心配していたのだ。そこへある国の国王であるチャップリンがやってくる。

すると少年はチャップリンを捕まえて恐ろしい勢いでマルクスの理論やこの世の矛盾した政治の事等を得々としゃべりだしたのである。この変わった少年は一体誰なのであろうか。誰であれこのように天才いわゆ神童のようにマルクス共産主義の理論を喋れるものはいないであろう。自由学校の先生もこの子は天才ですとチャップリンに紹介したのである。

ニューヨークに来た王様はニューヨークの華やかで賑やかなお店とか映画館などを訪問する。都会の空気にそぐわないなんとなく滑稽なチャップリンの雰囲気が面白おかしく描かれている。

こういうところはやはりチャップリンはとてもうまい。

また偶然にテレビ局の人間と仲良くなりテレビに出て大人気になっていった。

だが大物のチャップリンはそんなことには惑わされない。いつもチャップリンチャップリンだ。

王様であるがモデスティーでいつも礼儀正しい。テレビの事はあまり大きく考えていないのだ。

上品なものである。

そうこうしているうちに冬になりあの天才少年が王様が泊まっているリッツホテルにやってきた。冬の雨に打たれ、まるで野良犬のような姿であった。心配した王様は自分のホテルの部屋まで連れてくるのであった。話を聞くと両親が警察に捕まり裁判になりきっと有罪になりそうだと言うのである。警察の追跡はこの少年にまで及んできていた。共産党員である両親の友人らの名前を告白せよ言われていたのである。裁判では両親たちも同じことを強いられていた。だが同志を売ることはどんなに責められてもしゃべらないと心に決めていたのである。

警察が少年を追って王様の部屋までやってきた。そしてとうとう少年は連れて行かれて

しまったのである。そして少年は同士の名前をしゃべってしまう。そうしないと両親が監獄に入れられてしまうといわれたからだ。

王様も自分の部屋に少年をかくまった罪で裁判所に呼ばれていた。もし遅刻などすると侮辱罪で訴えられてしまうのであった。急いでホテルから出たが、チャップリンは慌ててしまい消防用ホースの中に指を突っ込んで取れなくなってしまうのだった。長いホースを引きずりながら出廷してきたチャップリンは裁判所の人々からも呆れられてしまい、まずホースから指を抜くことをやるために水を出したのである。消防用のホースであるために水は勢い良く噴射され裁判所のあらゆる人々を水で洗ってしまったのである。結果なぜか無罪となりホテルに帰って荷支度をした。両親も執行猶予となり許されたのだった。

例の少年も無罪方面となりまた自由学校へ帰っていった。彼は両親の友達を裏切ってしまったことを深刻に受け取り、とても恥じていた。王様の前で涙がポロポロとこぼれるほどに悲しく悔しいのであった。

そんな彼を慰めて王様は執事と一緒に国へと帰っていくのであった。

この少年の出演がとても印象に残り不思議な子供だなぁと思うのである。

この少年に免じて、両親は許されたと思うべきである。

 

またチャップリンはぎこちない動きをする王様なのだが、警察の者たちはでっぷりとして隆々とした男たちであった。この対比的な演出がものすごく生きていてさすがだなと思わせる。

またチャップリンを弁護する弁護士がとても素敵でよく太った大柄の男でチャップリンを守ろうと必死にやってくれる姿が感動的であった。インテリらしく、よく太り、人柄が良さげであった。こういった人物たちはどうやって集めたのだろう。女も男も執事も、皆よくできている。ただテレビ局の女は少し軽すぎる気もする。

アメリカの赤狩りを通して、人間の良い面や美しい面を追求していった映画であると思う。

映画作りもやり終えて、チャップリンは 老兵は去るのみといわんばかりに、静かにさってっていったような気がする。