スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

クロワッサンで朝食を 2012年 エストニア フランス ベルギー 製作 ジャンヌモロー主演

ジャンヌ モロー主演の映画だが、監督はエストニアの人らしい。久々に見たジャンヌは、既に85歳の高齢で現在は89歳にもなっている。老体を隠すわけでもなく、しかしエレガントなガウンや、洋服をまとい未だに女王然とした風格を保ちこの映画に貢献した。ジャンヌは、ピエールカルダンの恋人だった人で、ファッションには、とりわけ敏感で、ファッションと人生が、一つになったような老女になっていた。アクセサリーもかっこいいし、外出用のバッグもカッコ良すぎる。アクセなどあのようにいやみなく身につけれる人は、世界中にもめったにいませんよ。王族にしたってね。

それに太った腹やお尻などを無理やり隠していないところがすごいと思って見ていた。細い足の女優だったのになぁ。

顔はまるで、女ミックジャガーだよ。芸術を極めていくと、こんな顔になるという見本のようだよ。

 

実はこの映画は、わたしが紹介しているような長ったらしいものではない。

短編ぽい映画で手軽な感じのものだ。ジャンヌモローが出ていることが問題なのだ。

 

ある日、一人暮らしの老女ムラのところにお手伝いさんアンナがやってくる。老女ムラはプライドの塊で傲慢でいつもお手伝いさんを困らせては辞めさせていた。

 アンナは、この老女が、孤独であることが気になった。誰とでも喧嘩してしまうムラ。

ある日、アンナがカフェにムラを久しぶりに連れ出して、楽しませようとしたのだが、カフェのオーナーに冷たくされて、じゃまものあつかいにされてしまう。それを悟ったムラは自分からカフェを出て行く。

アンナの計画は失敗してしまう。 結局ムラは既に過去の人であった。このカフェはムラの昔の恋人のカフェであった。ムラが昔資金を出して作ってやったものだった。いまでは店の客層も変わりムラのいる場所はなくなっていた。

孤独な老人、死ぬのを待つばかりなのか。こんな人生ってあるのか。

アンナは、ムラの昔の友人達をアパートに呼んだ。だがやはり、大げんかになり、友情は決裂してしまう。ここで、すこしわかったのはムラは故郷のリトアニアの仲間の間では有名な人物だったらしいことだ。歌手?かなにかだ。

この友人の中になにかすごい女優さんがいたが、こういう人がヒョッコリ損得抜きで出てくる映画ですよ。すごいわ。

さて、老女のとても耐えられるはずもない深刻な孤独。友達もいない、旦那も子供もいない。

まじ、これはわたしスッポコの未来の姿ではないか。私も利己的で疑い深く人間嫌いで冷たい人間だと思われていると思う。誰もスッポコに寄り付かない。でも、ついつい割り切ってしまう。ムラとおんなじだ。でもこういう老人て意外とポピュラーかもね。多いんだよ、きっと。

邪険にしたカフェのオーナーは格好の良い男で昔のムラの若いツバメだった。別れた今でも、本当はムラの高齢を気にしていた。彼なりの愛情であろう。

定期的に彼女のアパートを訪れ、アンナを紹介したのも結局彼であった。

ムラもう一人では、上手にくらせないほど高齢になっていたからだ。

 

しかしアンナは、ムラの孤独を埋めようとして何度も失敗してしまった。その結果、手伝いを辞めて、このアパート出ることに決めたのだった。夜明けに、エッフェル塔を見て、クロワッサンを頬張るアンナは、パリの街や、ムラのことがなぜだかとめどなく思い出されてくるのだった。

クロワッサンは多分元気が出る食べ物なんだろうね。パリとは切ってもきれない。これが言いたかったんかい。

ムラは、やはり利己的で冷たい人間であったのだろうか。

いやそうではないだろう。

ムラは、行き場もなくて、再び帰ってきたアンナを暖かく迎え入れたのであった。

老女はアンナがカフェのオーナーとできてしまっている事をもう既に知っていた。そんなことが、わからないような鈍感な女ではない。ムラはアンナを受け入れた。

自分よりも若い者たちに二歩も三歩も譲ったのであった。

これは老人の弱音ではない。老女の精一杯の愛情と知恵であった。

もともとジャンヌモローは死刑台のエレベーターなど冷たいクールな女を演じてきた。

見ていても本当に利己的な女と言う印象が強いのである。

これは女にとってはある意味とても損な役である。彼女はそんな、嫌な人格の役に常に抜擢され長い間ずっとそれを演じてきた。彼女の容姿からそう見えるのも否めない。誤解された真実が今になって花を咲かせたのであろう。

見事な大輪の花である。

今までスポコもジャンヌの事をずっと誤解をしてきた。

この映画のように、世間の人々がムラのことを冷たい人間としか認識できなかったように。

ジャンヌモローは、なんと利己的で嫌味な女だろう。しかしこれは彼女の仮の、職業上の姿であったのだということが、初めてわかった次第である。

ジャンヌは、長年、この風評に悩み耐えて生き抜いてきたのかもしれないではないか。

この世紀の大女優(有名人という意味)がである。

彼女はトリュフォー監督とも友人であり、映画を撮っている。