スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

本・赤毛のアン 1908年出版 モンゴメリー1874-1942年

グリーンゲイブルズのアン」…をプリンスエドワード島  アボンリーにて
ゲイブルズというのは、切妻屋根という意味で、切妻とは日本の普通の三角の屋根の作りである。なあんだ日本にもあるのかと変な気持ちになる。
アンは孤児院からもらわれてきた孤児であった。運の悪い子で、小さい時から働いてきた。孤児院の生活も寂しく厳しいものであった。しかしアンは大抵想像力でそれらを乗り越えてきた。生まれつき楽天的な性分であったのだろう。ただこんなに楽観的な心というものがあり得るのかと疑問を感じるほどアンは明るい。しかし主人公であるので仕方ないのかもしれない。モンゴメリーはとにかくこの主人公のお陰で大きな財産と名声を築いたのだ。
  アンはカナダのこの村アボンリーの大自然にとても関心を寄せ美しい自然にはこよなく賛辞を送る生活を送る。この村の学校の同級生のギルバートとは常に一番を競い合う。そして有名な場面の「にんじんにんじん!」の文句もギルバートの言葉である。これはこの物語の定説となっているが、本編は全く違うものだしイントロダクションとしては情けない猿芝居である。
まずこの物語はアニメにするべきものではないし、「にんじんにんじん」とさけぶ話ではさらさらない。
本として読んではじめて面白く感じるのであり、アンのことが好きになってアンとともに生きるのであろう。おなじように「不思議の国のアリス」も読んでその言葉遊びを堪能できるものだ。なぜそれを、わざわざアニメなどにして本来の面白さをシュレッドチーズのようにするのか訳がわからない。名作が道路に落ちたソーセージようになってしまっている。これは儲け主義の人達の陰謀でしかないだろう。本来の楽しさは子供には一切伝わらないだろう。そもそも子供に向けて書いたものではないとおもわれるのだし。
アンは人参と言ったギルバートと結婚するのだが、ギルバートは医者になるんだな。学校ではあんなにギルバートと勉強を競争し合ったのに、結局男のギルバートには及ばなかったということだ!あれは遊びだったのね、結局。男が本気を出せばこんなもんだとモンゴメリーは男に席を譲ったふりをする。アンは学校の先生になって、アボンリーで教職に就く。都会で作家になる夢は諦めて、ギルバートと結婚し、年老いた養母マニラのそばにいることにしたのだった。
初めは厄介者扱いされていたアンだが勉強もよくでき、詩の朗読などでは一番をとり、村や町でも有名になる。マニラはもう鼻高々であり、アンの事が彼女の生き甲斐となる。
それ自体は女性らしい決断だったとおもわれる。が、モンゴメリー自身は着々と作家として筆を進め世界的な作家へと変貌していった。彼女は牧師と結婚をして男児を生んだが、この子は速くに亡くなる。さらに悲劇は襲う。
牧師の主人は、精神病を病み彼との暮らしは常に発作を怖れて暮らす暗〜い闇の中での生活のようであったらしい。さらに出版社との争いも起こっていたのだ。
モンゴメリーは、もうアンシリーズに終止符を打ちたかったが、出版社はそれを許してはくれなかったのだ。ドル箱作家を離そうとしなかったのだった。
すべて表と裏、昼と夜、太陽と月のような配置になっているとおもう。このような生活は疲れることだろう。モンゴメリーも60代には、精神を病むようになる。作者モンゴメリーの実生活は何かアンと、とてつもなくかけ離れているのが気になる。全くバランスを欠いててしまっているのだった。
だが、アンの物語はカナダの甘いりんごの花びらが目に見えるようで、本当にあったことのように頭に残る作品であるし、世界がそれを認めたということだ。

赤毛のアン―赤毛のアン・シリーズ〈1〉 (新潮文庫)

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