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スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

太陽がいっぱい 1960年

ルネクレマン監督が47才の時の作品である。フランスの巨匠で、禁じられた遊び雨の訪問者などの作品あり、美女と野獣では、ジャンコクトーと一緒に作り上げたりした。
音楽はイタリアのニノローターである。この音楽があって、この映画は、引き締まるのである。
フェリーニ監督の作品の「道」などの音楽、ロミエとジュリエットなど素晴らしい曲目が並んでいる。
道理で、この太陽がいっぱいも音楽が映像に負けずに美しいのである。
アランドロン演じる トム  リプリーという名の若者は、貧しい家の出で、あいての船舶王の息子のフィリップの知り合いであった。リプリーという名前にはレプリカ(複製)のいみがある。トムは 遊び暮らすフィリップをアメリカに売れ戻すように言われて礼金ももらっていた。フィリップはは大学生であり、家を継ぐために大学で学位を取るべく考えられていたにもかかわらず、遊び呆けていたのだった。
また彼にはうつくしい恋人までいた。クラシックバレーを習っていて、若く美しいの女だった。 フィリップは、すべてを持った青年であったのだ。リプリーは、バイトなどでやっと暮らしていた。ふたりには生活の面で大きな差があった。この若者3人がヨットに乗って海へ繰り出す。
男2人に、女一人というこのアンバランスな組み合わせは、すでに危険を物語っていた。ヨットから、鮫のいる海に投げ出されたリプリーは、マジで、フィリップにつよい憎しみと嫉妬をもつようになる。助かったリプリーは、彼の財産も、彼の女も手に入れる為に計画を練り、決行する。彼を殺し、海に捨てる。そして彼になりすまし、銀行のお金を引き出したり彼の服を着たりして、金持ちになりきろうと虚しい努力をするのだった。フィリップが帰らぬことに疑問を抱いた女が色々調べても彼の行方はわからないのだった。彼からの手紙が来る。「自殺する。さようなら」と。これはリプリーが書いて投函したものだ。失望する彼女に優しくつきそうリプリー。そしてとうとう貴重な宝であるフィリップの女を手に入れるのだった。何も知らない女は疑いも持たない。
しかし いつの間にか、警察が動きはじめていた。刑事がウロウロとし始めて証拠を集め始めた。リプリーは気のいい友人にばれそうになって、そいつも殺してしまう。二度の殺人で、警察はレプリーを追った。レプリーは、フィリップの死体は海でとうにサメに食われてしまったものとかんがえていて、絶対に証拠がないから、捕まらないとおもっていた。
。刑事達は、バカではなかった。とてもうまく殺犯人の彼を手中に入れていった。網に魚が掛かった。
イタリアの警察って、こんなに凄腕だったのか、とうならされる。イタリアの刑事たちの鋭い目つき、鍛えられた体躯と身のこなしは本物の刑事を使っているのではとおもってしまうほどだった。ある意味この刑事達が影の主役といってもよいのではないかしら。
安心する彼、なぜなら、証拠はどこにもないのだから。「ああ、太陽がいっぱいだ。」何もかも手に入れてくつろぐ彼であった。しかしその時、とうとうフィリップの死体が、船の下に巻き込まれたまま上がってくる。警察は彼を逮捕。彼の夢はこの一瞬で完全に潰えたのだった。

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