スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

そうかも知れない 2006年

この度85歳でなくなった桂春団治さん主演の映画「そうかもしれない」である。これはいい映画だった。何が良いというのかは、ひとそれぞれでしょうが、やはり、春団治の演技に尽きるのであるよ。

このかたの落語をテレビで見たのは一度か二度しかない。それくらいてれびにもでなかったひとで、
ただ高座にはでていたのだろうか。その身のこなしは伝説的である。ただこんなんで、どうやって食っていたのかは知る由もない。三代目桂春団治を襲名して、芸の道に精進していたのだろう。
小説家という役柄である。時々編集者の者が「先生、原稿を」と言ってやって来るぐらいで、妻と二人で静かな生活を送っているのだった。そんな先生の書く小説とはどんな小説なんだろうと想像するのだが、さっぱりわからないのだ。ごくごく普通の平凡な生活、朝起きてご飯食べてとかの日常の繰り返しである。子供もいない様で、あっさりとした夫婦二人の生活が延々と続くかにみえた。
この様に平々凡々の中で、けったいなすごい小説が生まれるはずがないわ、と素人の我々はかんがえてしまいがちだ。だが、編集者の様子から察するに、なかなか気骨のある小説家であるらしかった。
さて妻は、歌手の雪村いずみである。彼女にしても、映画に出るなんてはじめてだっただろうが、素人くさいのがかえって好感が持てた。彼女は夫の世話を色々して、夫を支えてきたのである。
ある日、いつもの様に買い物に出かけた奥さんはなんか自分がおかしいなあと自覚するのである。そして徐々に、家事ができなくなり、ぼんやりと庭などをながめていることがおおくなった。
小説家は家事一切をしなくてはならず、また奥さんの介護もすることになり、大変な生活を強いられていく。とても仕事(小説)どころではない。奥さんはだんだん悪くなる一方である。アルツハイマーであった。それでも明るさを失わない 主人公であった。泣き言もいわずに奥さんの介護をするのであった。この辺で、ああ可哀想だなあとおもえてくるのである。二人で買い物に行ったり、奥さんの好きな花エニシダを庭に植えてやったりして、心を和ませようとする。奥さんもそれに答えて笑っているが、アルツハイマーの病魔は、そんなことではゆるしてはくれないのだった。「あなたは誰?」ときく奥さんに「あなたのだんなですよ」と答える彼。「そうか、そうかもしれないわね」と答える妻であった。この「そうかもしれない」を彼は小説に書くこととなる。おもえばかなしいはなしだ。小説にしたことを、許してやってもいいのではと思ったり。奥さんが行方不明になり、警察のお世話になったりし始める。おきまりのコースである。そうしている間にも、主人公に病気がみつかる。それは恐ろしいガンであった。
奥さんの世話で疲れも出ていた。かわいそうに、入院だ。奥さんは施設に入った。ふたりは離れ離れになったが、奥さんは何もかもすっかり忘れて気軽なもんだし、かれの方は奥さんのことをずっと心配していた。
いよいよさいごのときがくるのである。奥さんが、面会に来ることになった。奥さんは介護士にいい着物を着せられてやって来た。男がもう長くない事を医師がしらせてきたのだった。ああ、彼は死なねばならないのだった。最後に奥さんに会えた。何もわからない奥さんは、微笑んでいた。それがわずかなる救いであった。
この様な筋書きの中での 春団治の演技はというと、やはりなんとも言えない彼独自の品格というべきか。教養というべきか。まあ小説家という設定だから、教養のある役柄ではあるが、この役者さん、たくさん本読んでるなという感じが滲んでいる。とても抑えた抑えた演技がつづく。変な色気があって、この人のそばに行きたいと思ってしまう、男の魔法を持っている。そばで暮らしたい、いや愛人でいいですから、なんてね。
変といえば変である。でも彼の色気はかなり強烈で、静かな抑えた生活ゆえに、それとは正反対の烈しく強い激流が、水面下に流れていたってわけか!この野郎、やりやがったな。というわけである。
愛すべき男、桂春団治様、サヨナラですね。映画の様になってしまって、残念です。
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さんの世話で
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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