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スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

豪姫 1992ねん 勅使河原監督

さてさてもう23年も前の映画なのですが、執念深いわたしはビデオ屋さんの棚に「豪姫」があったことをはっきりと覚えているのだった。何故かスルーして23年も経っていたとはな。あれから技術革新はめざましく、世の中ももすっかり変わってしまった感がある。

しかし映画を見て感じたのは、古くないということであった。能とか歌舞伎が古いとは言えない、と同じ感がある。
散々、噂の多かった宮沢えりの若き時の主演である。ものすごく若くて19さいぐらいのもぎたてのぴっちぴちなのにあの貫禄である。貫禄を持って演技するのは天下の豪姫を演ずるためだ。男のような格好をしていて自分のことを「俺、オレ」というのも目新しくおもしろい。宮沢が言うと違和感がなく清々しい。
それにもちゃんと理由がある。後で大人の女になるときその美しさを際立たせるためである。女になった宮沢の美しさは今開いた蓮の花のごとく美しいのだから。すべてそのための演出であったのだ。
若き日の宮沢は美しく、演技も凛としている。スキャンダルばかりめだってしまい気の毒だが、
それも試練というものだった、芸の肥しとなっただろう。もともと才能のある人だったと、この映画を観て強く感じた。このように才能長けた人なら頭も良く、センシティブであったただろうから、神経も出たのだろう。
豪姫は加賀の前田利家の娘で、のちに岡山の宇喜多秀家に嫁ぐが厳しい戦国時代の世で、夫も息子も関ヶ原で負けて八丈島に流されてしまい、晩年は里である金沢に帰った。 
茶の湯が大流行していた。が千利休切腹し、その後を継いだ古田織部の元で、青春を謳歌していたものの、何処か深い憂のある表情だ。世が世である。尊敬していた利休も殺された。いろいろな残酷なことがあった。
世が世である。武士のような覚悟も胸に秘めていただろう。ただ豪姫はキリスト教でマリヤともいった。
織部は利休の後任を自他共に任じていた。豪は織部に良くなつき、彼に倣って、陶芸をたしなんでいた。
織部は瀧安寺の石の枯山水をつくったり、岡山の後楽園をつくったりもした人だった。びっくりなことだ。
なのに、秀頼の子をかくまったとして、家康から切腹を命ぜられてこの世を去ったのだった。
史実では毫姫の夫は島流しにあってしまうし息子も無くなってしまう。。姫は実家のある金沢にかえって暮らす。ひどい時代である。
あの美しい織部焼は日本が誇っても良い焼き物である。ヘイゲモノの器もじつは
日常性抜群の陶器である。いかつさのないものである。焼もとてもしっかりしていてこわれにく性質である。
織部の役を仲代達也が優美な演技でし上げている。彼の絶好調な演技の手応えを感じる。顔がバタ臭くて苦手だったが、この映画ではとてもサラリとしていて、おいしい烏龍茶のようである。ま、おいしい烏龍茶というものがあるならばということだ。わたしはウーロンんが嫌いで、おいしいと思ったことが無いが、色はきらめくような茶色で大好きだ。
監督の手腕はすごいものだなあと思った次第だ。宮沢を見直せたし、バタ臭い仲代のことも好きになれた。ありがとうね。ただウスという男は個人的に好きになれない。
何故なら、「うすのろ」のふりをして、人を騙す者がときどきいるからだ。うすのろにも注意が必要という教訓である。
f:id:dekochanya:20160105234424j:imagef:id:dekochanya:20160105234523j:image 男のふりをした豪姫にデコちゃんはひどく同情し、そのような世に生まれた悲劇のヒロインとして生き抜いた女があったことと宮沢とが何故か重なり、ジンとくる…。
最初に書いた豪姫は、江姫の事で、混乱しておりました。弟に指摘されました。
豪は 前田利長と松のむすめである。江姫の方は浅井長政お市のかたの娘。
この映画のポスターを見てほしい。一人ぼっちで真赤な夕焼けの森の中に佇む宮沢理恵の孤独と激しさ。この映画にぴったりの出来だ。つまりこような立派なものは他には無い。そう思ってほしい。
 

 

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