スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。映画の感想を書いていきます。(^o^)

悲しみよこんにちは 1958年公開

お金持ちのお嬢さんが図らずしも殺人をしてしまう話だが、中学校か高校の図書館にあったっけ。だってサガンが18歳の時に1954年に発表した作品だから、わたしが生まれる前からあったのよ。下駄を履いてた時代にこんな現代的な作品ってやっぱおフランスは芸術の都であるのか。しかしながらコートダジュールに別荘を持って日がなあそびくらしているようなやからのはなしである。17歳のセシルは、高校生ぐらいか夏休みなのか別荘で暮らし、勉強したり海で泳いだりのぜいたくざんまい。母が亡くなって、父は愛人を別荘に呼んで3人でくらしていた。

いや納得でき無いでしょう。どんな生活やねん。と急にニワカ関西弁。しかしそこに亡き母の友人であった、アンヌという女がやって来る。そしてむすめのセシルにあれこれ指図するようになる。
まあびっくりですね。愛人と一緒に住んでいる男のところにやってきて一緒にくらすってどういうことかと空いた口が塞がらんってなことです。そして水上スキーなどして男と仲良くなってしまう。
困るのは元愛人である。アンヌは愛人が旅に出ている間に結婚までしようとするであった。これでこのはなしがすごいゴシップのような、悲しい話だとわかるでしょう。矛盾だらけの男女関係は悲劇を生むのはわかりきったことなのに。と私は苛立つのであった。父親は女にだらしなく嫌な男で、でも娘のことを思いやる事はないのでしょうか。むすめは若いフィリップと恋仲になる。それをママ母アンヌに叱られ会う事をきんじられてしまう。若く激しい炎は燃え盛り、娘は会いに行くのをおさえることができないのだった。
口うるさく禁止ばかりするアンヌに腹を立てて、怒った娘は父の愛人と恋人のフィリップにたのんで父の散歩コースにふたりで寝てもらう。
恋人のように二人で寝そべる二人を見て元恋人が寝取られたと思った。そして父は元恋人にもう一度帰ってくるようにと懇願しはじめる。そしてアンナのことをわるくいう。アンナはそれをきいてしまい泣いてクルマに飛び乗り崖から落ちてしんでしまう。そんな事件の後、夏も終わり、じんわりと淋しい季節となった。もう誰もアンヌやらフィリップの名をいうものはなかった。彼らの名前をお互い口にしないようにした。なにも変わらぬ生活にみえた。しかしセシルには自分が仕組んだ計画でアンナが犠牲になって死んでしまったことは、大事件のはずだし心の中に罪を抱え、誰にも言えずなんとも言え無い暗雲が垂れ込めたようなきもちになるのではないだろうか。若い娘がが初めて知った苦い経験。
サガンはしゃれた「悲しみよこんにちは」という題名にして出したのだ。
はっきり言ってこんな気持ちの悪く後味の悪い筋書はちょっとみあたらないね。これは犯罪だし 若いからといって許されるものではないでしょう。太陽がいっぱいでもドロンは警察につかまってますよ。
ケジメってものが欠落したダメダメ作品。映画に罪はない。原作がわるいのだ。この小説を、すごいすごいと褒めていた人たちがたくさんいて出版社ももうけて、今日に至っている。これから原作もよんで私の考えが間違っているかどうかを、調べます。
 
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サガン-悲しみよ こんにちは- [DVD]

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