スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

デッドマン・ウオーキング 1995年公開

この映画の題名の「デッドマンウオーキング」というのは死刑囚が処刑場に向かうときに監獄の看守が、大きな声で「Dead man walking!」と言って周囲に注意をうながす言葉なのである。これから亡くなる人の為に、廊下などを横切る人がいないようにと、いう為か。二人の若者の男女を森で殺した罪で、死刑の判決を受けた罪人にショーン・ペン(元マドンナの夫)がリージェントを盛ったような黒髪ででてくる。そこに死刑反対の尼さんのスーザン・サランドンが殆ど化粧なしでにゅうっと出てくる。まあ役が教会の尼さんなので化粧なしなんだろうけど、華やかさのない映画になってしまいました。彼女は死刑囚のカウンセリングの役の尼さんで、実際にあった話だそうです。かたや、ショーンペンは髪型のおかげでしょうか、かなり目立っていて、いい男ぶりを撒き散らしておりました。いや男の演技を随分研究したのかもしれませんね。こうすると女は男にクラっとくる、という計算?ができてました。ただ、「それでどうした!」とどなりたくなるようなものですけどね。私ごとですが私はショーンペンはすきでもきらいでもない。ただなぜか映画を作るのならまともな演技とまともな脚本をかけよ!と常に厳しく当たってしまう俳優さんなんですよね。やっぱきらいってことかなあ。いや、私に似てるんですよ。後先みずにかあ!となって無計画に走り出しすぐに痛い目にあう。こんな自分と性格そっくり。ペンは目立ちがり屋の頭空っぽ人間だよ。わたしと同じだ。マドンナなどにのぼせるのがおバカな証拠です。ミスティック リバーがどこに流れていくって?ミルクがどんな偉業をなしたって?気持ちはわかるが、どこか詰めが甘過ぎて嫌いですね。まあ、監獄内の話で行動がすごく限定されているばしょですし、好き勝手なことは一切できませんからね。地味なはなしになるのはしかたないのでしょうか。罪を犯した背景もよくわかりませんし、肉付けがなく味のないものになってしまった。

さいごは注射で死刑が行われるのだが、結構リアルでだったようなきがする、といっても経験ないんですが。そこで見に来ている被害者の親たちにお詫びの言葉を告げるのだ。かれは、しけいしゅうはパニックで失神したり失禁したりするものが多いそうで、ズボンが汚れないようにオムツをはかされている。さいしょは粋がっていたが、最後はやはり涙を流し、震えるばかりの罪人であった。尼さんが見守り、神があなたと共にあると、幾度も励ます。まあ、クライマックスでしょうか。辛い最後もなかなか感動できず、かんきわまらずで、納得がいかない。だって死刑囚って死ぬのが運命って決まってるもんだよ。説明や同情などいまさら意味がない。もっと恐ろしくも深遠なるものかな。よくわかない。
尼さんと罪人は愛し合っていたのだろうか?極限のプラトニックで?いやそんなことはない、きっと男と女として愛し合っていたかもしれない。気持ちの上だけの話でもちろん現実ではありませんがね。モヤモヤモヤ。
でも殺された男女は、人目を忍んで、夜に車で森に入りイチャイチャしてたんだろ。バチが当たったと言ってもいいな。そのへんの描き方も軽すぎて、被害者の親たちが大騒ぎしていることにもはらがたってくる。どんな子供達だったのかさっぱりわからんちん。あれだけおやがさわぐってのはすごくいい子だったんでしょうかね。
f:id:dekochanya:20150818140106j:image
内容はドラスティックだが、なんと言ってよいか分からなくなる作品でした。私としては、死刑は人間にとって必要かもとおもっています。一時の気の迷いで、殺人を犯してしまうことを止めることができるのは、死刑しかないだろうとおもうからです。しかし長い時間をかけて、悔い改めることもひとつのかたちかもとおもうこともあります。賛否両論ですが、死刑を廃止した国も多いそうです。