スッポコ谷の楊貴妃

もうすでに還暦女子。すっぽこだにで瘀血と戦ってます。ホテルの換気扇が嫌いすぎて旅行できないのが悩み。

キャロル, ロストバケーション both 2015年

キャロルは,パス。と言いたくなるような作品。レズビアンになって行く二人の女。一方は金持ちの中年女で4歳ぐらいの子供がいる。もう一人は若く痩せた女で、デパートに勤めながら,写真家をめざしている。まあ、芸術にレズなどはつきものだ。何事も経験だと。

男の恋人を振り切って、この年上の女と旅にでる。二人は愛し合い、信じあうようになる。

この年上の女は、金持ちの男の愛人として暮らしていた。愛に飢えた女であった。

中年女の役は,ケイトブランシェットという、綺麗な金髪の女優だが,この人は、本当はもっと綺麗なはずなのにと思った。この金持ちの女は鼻持ちならない奴だった。なんでも自分の好きな様にしようとする自己中心性がみえてくる。

芸術を目指すための旅だったと、解釈されたこの女との騒動である。

げいじゅつのためだったのか,状況もわからず,登場人物に同情も共感もできなかった。

 

 

キャロル(字幕版)
 

 

 

 

 

 

 

ロストバケーションは、サメが来て,パニックになる話。舞台はメキシコの美しい海だ。潮の満ち引きがあるらしい。本当はdeepとshallowを繰り返す恐ろしい海だった。

ヒップに食い入ったビキニを着て,海になんか行くから,遭難すんだよ。夕方が近いのに,一人で、波に乗っていて。闇が迫る前にお家に帰りなさいというものだ。

バカなのか?もっと命を大切にしなさいと思うだけだ。

海や山に行く人は、自分の限界以上のことにワザワザ挑戦すべきではないだろう。

それでなくとも、病気で死にゆく人はたくさんある。彼らは海山に行くわけでもないが死んでしまう。人間は脆い。瞬時で死ぬこともあると知るべきだ。

 

助かるのはストーリーとして分かっていたので,主人公には悪いが情の薄そうな顔で好きになれぬ女だった。

ジョーズのようで,ジョーズじゃない。アレってどうやって撮ったのかと思った。浅瀬shallowなのに、こわい。

 

 

 

 

 

お散歩サンポ

ある家のところまで来るといつも、花が咲いたイメージが胸に浮かんで来る。ら、ランララン。

わてのお家もいい感じ。だって明るいお母さんが住んでるお家なんだもの。夏の黄色いひまわりが

とっても似合うよ,玄関に。

 

 

花屋さんで人気の421種 大判花図鑑

花屋さんで人気の421種 大判花図鑑

 

 

 

ある古いお寺の前まで来ると、決まって「かもとり権兵衛」のことを思い出す。

子供の時から今もずっとそうなので、たまたまお寺の前を学校で習った「かもとりごんべえ」を復唱しながら歩いたのだろう。その小学時代の記憶がずっと残ったままなのだ。

なぜあんな、田舎臭い話が、国語の本にあったのか。欲張りの権兵衛は,最後は裏山の池に落ち、ドジョウをたくさんつかまえた。欲張りな汚らしい男だが、ドジョウの件を自慢されても、ちっとも羨ましくないほどくだらない気がする。わてはこのごんべえが実は大嫌いだった!

 

 

フィールド図鑑 日本の野鳥

フィールド図鑑 日本の野鳥

 

 

 

 

夢分析 新宮一成著 2000年

医学博士の新宮先生が繰り出す夢のはなし。

エディプスコンプレックスのところで、ハムレットを例にとっていて少し難しくて読み込みができていないが、頭の良い人なら、スイスイぐらいの程度かと思う。

 

胡麻豆腐の中に重大な機密情報が入っていて、それを隠そうと四苦八苦する娘の話が初めに載っていて、なんじゃこれは?と読みすすむとと、ごま豆腐を結局靴の中に隠そうと思いついた娘。なんじゃこりゃということで、おもしろそうだった。

 

父に代わって王様になったエディプス、自分の母と結婚し子供もできる。また父に代わるはずであったハムレットは、その役を叔父に、早々とやられてしまう。叔父は母を妻にする。これは実は、ハムレットが望んでいたことではないのか。そして悲劇へと進んで行く。

 

水の出てくる夢が説明されるが、水というのは、性の関係だそうで、男女の関係とか、子供を産むとかそういうことと関係したものである。桃太郎しかり、一寸法師も、川を漕いで進んで行く。

木の家、木の椅子などいろいろ木や木製品は、女性の身体をあらわすと。

坂道を登る夢もやはり性的な意味であると。

橋をわたるのも、性とのことであると

数字であれば、3がそうである。3人の人が出てくる夢である。

 

こういう事はほとんど、フロイトが研究した事であり、やはりフロイトが凄いということになる。

死んだ妻を求めて黄泉の国に行く神話は、世界各地にあり、人間の意識の原型的なものである。

 

夢うつつ(現)  という言葉があるように、夢と現実の境界はどこにあるのか。

目が覚めたとき、夢だったと簡単に区別をつける我々の意識の中で、どのような操作が行われているのか。

 

先生の話は、多分素人向けに書かれているのだろうが、スッポコにはなんか難しくてきちんと説明ができないのである。

 

夢分析 (岩波新書)

夢分析 (岩波新書)

 

 

 

サタデイ ナイト フィーバー 1977年 ジョンバダム監督

みんな自分の人生を生きることに真剣で、人生の主人公は自分だと思っている。そうなると、小説や、脚本は書けないわな。スッポコも、御多分に洩れず人生を燃やすために、キーキー走り回っているのだ。本が書ける人って本当は覚めてるんじゃないかなあ。ジョンバダムもなんか変わった監督かもしれない。何よりジョントラボルタを選んだことがすごいと思った。

 

さて、ジョントラボルタ主演の映画は、いろいろあるが、saturday  night fever は

ダントツ有名で彼の名を世界に知らしめ、一挙にスターダムだ。

bee zeesno の歌がいつもラジオで流れており、ビージーズ復活の大きな証であった。

彼らの歌は、まあ、今世紀最高と評されてもよいぐらいのものだった❗️

 

ただジョントラボルタは、大柄で、顔もなんか野生の動物じみていてワイルドすぎると思った。

それに、役柄が、アルバイトで金を稼ぎ友人らとつるみ、女とイチャつき、夜はディスコで踊る生活って、不良の鑑のような人生であった。どこにでもいそうな元気のいいお兄ちゃん、そんな気取りのないキャラが受けたのか。

しかもそのディスコでは彼より上手な踊り手はおらず、彼は実質、そこでは帝王であった。しかしディスコなど、遊びである。しかし若者にとっては自分の人生そのものと言えるほど、踊りや付き合いに向き合うのだった。少しチャラい役もトラボルタは楽々とこなした。固い友情で結ばれた男同士の絆も盛り込まれた。

ナイトフィーバーという曲が流れるとフロワーの皆が集まって一斉に整列して、皆が同じ振り付けで踊っている。

なんだこれはー?

 

彼には踊りのコンテストで優勝するという目的があり、ある女と組んで練習する。真面目に練習して 、とうとう優勝するが、お情けで、優勝したことを悟って、トロフィーや賞金は全て二位のプエルトリコ人のカップルにやってしまう。

自由な踊りで観客を魅了するというのは、型がきまっていないので難しいものだ。ただ自分の感性だけが頼りである。トラボルタは良く照れずに踊ったものだ。

 

そりゃあ、マイケルジャクソンのイマイ踊りではないよ、でも何か、70年代を彷彿とさせるおかしな真実味が感じられるのだ。

 トラボルタは確かに、イカレテイル。しかしなぜかそれを照れる事なく演じる事で、若者のベタな真実味が生まれてくるのかもしれない。

 

つるんでいた友人たちとも別れ、最後は家を出て、一人でアパートに住み仕事をするんだ。と、女にうちあける。

かれの傷つきやすい青春も、いつしか終わろうとしていた。

多分作り込んだ作品だ。少しだが人工的なところがある。

 

サタデー・ナイト・フィーバー/オリジナル・サウンドトラック

サタデー・ナイト・フィーバー/オリジナル・サウンドトラック

  • アーティスト: サントラ,クール&ザ・ギャング,ビー・ジーズ,K.C.&ザ・サンシャイン・バンド,ディヴィッド・シャイアー,M.F.S.B.,トランプス,イヴォンヌ・エリマン,ウォルター・マーフィー,タヴァレス,ラルフ・マクドナルド
  • 出版社/メーカー: ポリドール
  • 発売日: 1995/12/21
  • メディア: CD
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サタデイ・ナイト・フィーバー

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